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笛吹き③

 頭から穴に落ちたパイパーは死んでいなかった。けれど多分、首をやったのだろう。もう起き上がれないし、話せない。そして不幸なことに意識だけは残っていた。


 転がったパイパーは最終的に仰向けで底に倒れた。ぼやけた視界に入っていた日の光は、すぐ真っ暗になっていく。子供たちがぎゃんぎゃんと泣く声がより強く洞穴に反響した。落ちてきた穴が崖の上から都合よく降ってきた巨石に塞がれて、洞穴に一切光が入らなくなる。


「出して、出してぇ!」

「父ちゃん、母ちゃん助けて!」


 パニックになった子供が四人。力の限り泣き叫びながら、出口を探して穴の中を移動した。明かりのない洞穴は倉庫くらいの広さしかない。起き上がれないパイパーは何度も懐いていた子供たちに踏みつけられた。それでも不幸なことに、意識だけは残っていた。


 相棒の鼠は起き上がれないパイパーに寄り添い、左の耳元でヂーヂーと鳴いて励ます。すっかり覚えていたお決まりの曲を歌ってみたりもした。

 喧騒と痛みの中、パイパーの耳には確かに相棒の声が届いた。


 暫くすれば子供たちの体力が尽きた。泣いて喚いても助けは来ないし、水も食料もない。小水を我慢できない奴がいた。どこにそんな体力が残っていたのだろう、狭い空間に広がる臭いにまた喧嘩が始まる。パイパーの腹に投げ飛ばされた子供がいたが、それでも不幸なことに、意識だけは残っていた。


 真っ先に力尽きたのは、やっぱりパイパーだった。

 子供たちは気付かず泣いていたが、一番近くにいた鼠は相棒の口から生じる風の動きがないことに、首筋に感じる脈動がないことに気が付いた。これはいけないと、鼠は決意する。


 パイパー、腹が減って動けないんだな。だから傷も治せないんだ。大丈夫だ、何とかしてやるとも。


 鼠は賢い鼠だ。歌もダンスも超一流。でも小さな頭は手遅れであることに気付けなかった。

 相棒の口をこじ開けて食道を進む。献身的な行動には何の意味もなかった。




 太い通路が描くカーブは緩やかで歩きやすい。暫く歩くと別の太い通路に繋がっていた。いくら平坦な道でも、歩いていれば疲れが出るもの。特に小さなエンテは体力の限界がすぐ訪れた。足取りはさらにスピードを落とし、今までとは違い疲労と飽きで癇癪を起して泣いてしまった。

 私はエンテを不器用になだめたけれどなだめきれず、結局泣き疲れて眠りについたエンテを抱いて座っている。鼠が急かさないのを良いことに、エンテが自然と起きるまでつかの間の休憩をとることにした。

 黒い鼠はずっと一定の距離を保っていて、私の傍に寄ってこない。


「これ、そんなに怖いのね」


 鷹の意匠が施された髪飾りを触る。恩人さんが家に来るかもと着けていたそれが、鼠を遠ざけているらしい。金具を外して腰のポケットにしまうと、おずおずと鼠が寄ってきた。


「猫も鳥も、あなたを避けて飾っていたの?町は居心地悪かったでしょう」


 鼠に向けて伸ばした指先を検分するように、ひくひく鼻と髭が動く。遠慮がちに乗ろうとして、考え直したのか数歩距離を取った。鼠換算の数歩なので三センチほど開いただけだ。


「あなたが笛吹きなのね」

 鼠は答えず、そこから動かなかった。


「エンテが起きるまで、答え合わせに付き合ってくれるかしら?」

 鼠は小さく鳴くと、その場で姿勢を低くした。

「ありがとう。じゃあ、どこから始めようかな」


 まずは、笛の音が絶えず流れる入り組んだ洞窟。連れてこられてからというもの、洞窟内では一定の音量で小さな笛の音色が響いている。この音色はどこかで演奏されている、というわけではなくて、きっとこの洞窟のどこでも演奏されているものなのだ。

 鼠が作った洞窟は、全体が鼠――負の遺産でできている。鼠は笛であり笛吹きであり、嘘を見張る番人でもあり、そして審判員だ。

 鼠が常にトレン町を見張っているのだろう。嘘つきを見つけると、自ら笛になって音色を奏でる。音色で嘘つきをこの洞窟に誘い入れたあとは、鼠自身が贖罪の案内人を勤め上げる。いや、悪人かどうかの判定かな。その判定は、鼠の基準で行われるのだろう。


「あなたを信じてついて行く、傷つけない人が帰れる人?」

 短い泣き声。

「シンプルだけれど、難しいね。鼠ってだけで嫌煙されるもの」


 おそらく友人では助からなかっただろうな。ナッツを齧られて以来大層な鼠嫌いだから。


「この洞窟は地脈に沿って作ったのね。現実?」

 少し長めの鳴き声。

「違うの?……ううん、半分そう、なのかな」

 短い泣き声。

「あたり?よかった。体は地脈へ融けたのかしら。意識だけ洞窟に?まあ魔力は万物に変わるというし、万物が魔力に変わったって可笑しくない……のかな」


 地脈は魔力を生み出して流れている星の血管で、魔法を使って炎や水、物質を作ることができる。個体だろうと液体だろうと、全ての物質に変換できる万能エネルギーだ。勿論そのままエネルギーとして消費することもできる。一般的に物質に変換すると不可逆だと言われているけれど、人類が追い付いていないだけで万物を魔力に変換することもできるかもしれない。……現実で立証はではないけれど。


「それか、ここが魔法的な異空間で、体と意識をそっくり閉じ込めている……とか」

 短い泣き声。

「あ、こっちが正解?」


 なら、帰ることができない悪人と認定されると、出られないまま鼠の餌か何かになるのだろう。道中遭遇した人たちは出られず長期間閉じ込められた結果という訳か。エンテが町の人じゃないと言っていたし、夏に失踪した誰かなのかもしれない。少なくとも二ヶ月洞窟の中では、気も違えるというものだ。


 次は鼠が活発に動き出した理由を尋ねてみようか。

 恐らく、始めに発生した食糧庫への被害を出した鼠は本物の生きた鼠だ。駆除はうまくいって、死骸も回収された。それが笛吹鼠の逆鱗に触れたのだろうか。でも、町は鼠対策に慣れていた。以前から鼠の駆除はしたことがあるはずで、今年になって急に地雷原が変わったというのは少し不自然だ。

 西部の大火災でよそ者が多く流入したせいだろうか。もし私が知らない要因があるとすると、推理のしようがなくなってしまう。


 黙って考えを巡らせていると、にわかに周囲がざわざわと騒がしくなり始めた。動いていないはずの岩肌がざわめくように感じたり、笛の音色に違和感を覚えたりと、ここ一帯の空気が可笑しくなり始めた。


――ヂヂッ


 私たちの鼠が強く鳴くと、ざわめきが一瞬納まる。まるで強く叱責されて身を縮こまらせたような雰囲気だった。

 鼠はぴょんと跳ねて私のポケットに一度ぶつかると、慌てて距離を取る。


「……もう一度着けろってこと?」

 短い泣き声。


 しまっていた鷹の髪飾りを取り出して元通りの位置に着けると、岩肌に一波大きなざわめきが走って静かになった。鼠はまた先程のように私から距離を取った場所にいる。聞こえてくる笛の音色も穏やかなものに戻っていた。


「ありがとう、鼠さん」

 鼠は答えず、そこから動かなかった。

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