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笛吹き②

「お気の毒に。車軸の木材が腐っていたようだ。町で修理をするから、もう一晩泊っていくといいよ。なあに、曲芸師さんへ満足にお礼できていないからね、これくらいさせてほしい」


 後輪が破損した辻馬車を修理する間、パイパーは子供たちに誘われて町中を探検していた。すっかり懐いた子供たちはあちらこちらにパイパーを引っ張っていく。


 一番綺麗に咲いた花だと、そこで摘んだばかりの花を一輪胸元にさしてくれた子がいた。言ってしまえば雑草だけれど、確かに鮮やかで生き生きとした花だった。

秘密基地だと裏路地の行き止まりを案内してくれた子がいた。黴臭くて湿っていたけれど、廃材をかき集めて子供なりに整備した場所は、不思議と温かみがあった。

 これがお金を持たない子供たちなりの、精一杯できるパイパーへの謝礼なのだ。


 子供たちに囲まれて昼食を摂るパイパーに、父親の一人が礼を言いに来た。


「うちの末っ子が世話になってすまないな。こんなに楽しそうなのは久しぶりだ」


 相棒の鼠を優しく撫でる子供の頭を、父親は遠慮なくグリグリと撫でた。不満そうな子供の乱れた髪は、パイパーが優しく戻してやる。農家だけあって仕草がパワフルだ。

 午後になると、子供の数は半分に減った。親の手伝いに行く子と勉強をする子は後ろ髪を引かれながら去っていき、まだ仕事がない幼い子やと下の兄弟が残る。


 辻馬車はようやく材料がそろって、ぼちぼち車輪の付け替えが始まるころだった。


「鼠のお兄さん、おれ良いところ知っているんだ」

「おや、また何か教えてくれるのかい?」

「うんっ。あのね、親父に聞いたんだ。森の中の洞穴では、宝石が採れるんだって」


 パイパーにお礼をしたいと張り切る子供たちに連れられて、断り切れずその洞穴を目指すことになった。


 洞穴は、町から少し西へ行った森の中に口を開いていた。小さな崖と地面の間を割ったような隙間があって、中が見えづらい。どのくらい深いか分からなかった。


「すごい場所だ。珍しいものを観せてくれてありがとう」

「中へ行ってみようよ!お兄さん、きっと宝石があれば鼠ちゃんもいいものが食べられる!」


 子供我先にと洞穴に近付き、落ち葉に滑って穴に落ちていった。柔らかい落ち葉はそこから雪崩のように崩れて、子供たち全員落っこちる。


「大丈夫か!待っていてくれ、直ぐ助けるから」


 そう叫んだパイパーの背中を誰かが強かに蹴りつけた。相棒の鼠が甲高く鳴き、腰に下げていた笛を蹴った誰かが抜き取ったのを見た。

 パイパーは落ちるときに頭を強く打ち付けて、起き上がることはなかった。パイパーは最期まで、笛が盗られたことに気付かなかった。




 エンテと合流してから先の洞窟は、今までとは別物のように複雑でいびつな形状をしていた。縦横無尽に伸びる横穴、横道、傾斜にカーブ。どこへ行ったらいいのかすぐに分からなくなりそうで、私たちは必死に小さな鼠を追い続けた。


「ぼく、帰れる……?」


 十個目のカーブを曲がり終えて三股に分かれた道を進んだ時、手を握るエンテの力が一層強くなった。


「……きっと大丈夫。もし疲れたなら、おんぶする?」

「んーん……お姉さんちっちゃいからいい」

「……そっかぁ」

 これまでで一番実父の血筋が恨めしく思った瞬間かもしれない。


 下手な迷路より複雑な道を、鼠は迷いなく進んでいく。笛吹きは嘘つきを罰するというけれど、今が罰を受けている過程なのか、あるいは罰を受ける場所まで案内されているのか、鳴き声を殆どあげない鼠からはなにも読み取れない。私たちは相変わらず光源無しで視界が確保できる不思議な洞窟で、鼠を見失わないよう後を追うしかなかった。

 嘘つきは笛吹きの奏でる笛に導かれて贖罪の川に身を投げる。罪を認めて償い終われば戻ってきて、認めない者、償わない者はそのまま川に沈む。御伽噺によってパターンが違う場合もあるけれど、概ね同じ話がトレン町には伝わっている。このまま鼠について行くことが償いに繋がってくれればいいのだけれど。


「お姉さん、誰かいるよ」


 エンテがそう言ったのは、岩肌と妙にカラフルな苔ばかりの景色に嫌気がさしてきた頃だった。

 誰かいるよ、と言われたので人であることを前提に確認したのに、始めはそれが人だと分からなかった。数秒見つめ続けてようやく、岩肌に体の右半分を預けて丸く蹲る人間であることに気付く。白髪交じりの髪に、西部で酪農をしている人がよく身につけているオーバーオール。近づいて初めて、その人がかすれた声で何かをつぶやき続けていることが分かる。


「あの、大丈夫ですか」


 四十代くらいの男性だった。私はエンテを少し離れたところに待たせて、彼の傍に屈んだ。近寄ったことでつぶやきの正体は解ったけれど、残念ながら文字に起こすことは難しい。

 男性は、洞穴の中にいつも聞こえる笛の音をなぞるように口ずさんでいたのだ。


「町の人じゃない……。外の人だ」

「もしもし、聞こえますか?大丈夫ですか?」


 男性は答えず、体制も変えずにただ笛の音を真似し続ける。

 男性の懐から、鼠が一匹顔を出してひと鳴きした。私の背後で、私たちが追っていた方の鼠が鳴いて応えて、懐の鼠はまた服の中に帰っていく。何のやり取りがあったのか、男性はどうしてしまったのか。困惑する私を嗜めるように背後の鼠は少し長く鳴いて、洞窟のさらに奥へと誘導する。


「……おじさん、大丈夫なの?」

「待たせてごめんなさい、エンテ。おじさんは……少し、疲れてしまったのかも」


 嘘はつけないけれど、子供にもうだめそう、なんて正直に言えるはずがない。だから私はそう答えた。濁した回答は、案の定エンテの不安を煽ってしまったようだ。


「行こう……鼠さん、呼んでる」

「うん」


 男性からできるだけ距離を取ろうとしているのか、反対の岩肌に寄りながら進んで鼠の方へ向かうエンテ。私も蹲って動かない男性に背を向けて、エンテに合流するとその小さな手を取った。

 カーブを曲がり男性から離れると、背後から少し大きな笛の音が聞こえてきた。それから私よりも大きな人が動いて歩き出す、岩がこすれる足音がする。私はエンテと繋いでいない方の手に、ギュッと力を込めた。


 その後、また別の人に遭遇した。その人は女性で、私たちが進む道から伸びる脇道の先にいる。私たちに気付かないまま、下を向いて肩で息をしていた。


「寄るな、寄るなあっ!」


 とっさにエンテの頭を抱え込み、視界と耳を塞いだ。私も目を閉じたことで見ることはなかったけれど、鼓膜にはぶちっともぐちゃっともつかない残酷な音が届く。その後、間を置かずに地面を勢いよく踏みつける音が連続する。私たちの鼠が急かすけれど、洞窟内に反響する重い音とその人の息遣いに足がすくんで動けずにいた。

 ヂーヂーと今までで一番喧しい鼠の鳴き声が大量に聞こえたのを皮切りに、女性の悲鳴が洞窟内に響く。狂乱する声に弾かれるようにして、私は鼠が急かす方へエンテを抱えて走り出した。背後でさらに鼠の鳴き声が増えて、女性の悲鳴はより激しくなる。


 静かになったのは女性から距離をとったからか、また別の理由によってなのかは考えたくなかった。


 かすかに聞こえる笛の音だけになった洞窟で、私とエンテは静かに泣いていた。私たちの鼠は鳴かずに、距離をとってこちらを見ている。

 笛の音がまるで私たちを慰めているようだと感じたのは、一種のストックホルム症候群なのかもしれない。洞窟で目が覚めた時と聞こえる音色は変わりないのに、いやに耳に心地いい。涙は止まらないし、エンテも小さくしゃくりあげているけれど、不思議とこのまま足を動かそうという心地になる。


 鼠が鳴く前に立ち上がった私たちは、改めて洞窟を進み始めた。足取りは遅いし泣いたままだけれど、確実に歩みを進めていく。私たちはいつしか、大きく開けた通路に出た。鼠は大きな通路の先に向かって誘導する。


「ありがとう、鼠さん。あともう少し?」


 短い鳴き声が帰ってきた。

 私は何となく、この鼠の意図をくみ取れた気がしていた。

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