遺産調査
ヘルマンはダグラスの研究室に配属されて四年になる。研修もダグラスの元だったから、合わせたら丸六年だ。研修開始時には成人直後で十七歳だった若造も、今ではそこそこの中堅と言える。なにせ負の遺産研究は成り手が少ない。西部研究所ではダグラス達含めて六人しかいないし、東部研究所に至っては二人だけ。うち一人は妊娠が分かったので三ヶ月後には辞める予定だそうだ。
通常の遺産は、魔法や技術を解析して新しい技術に生まれ変わらせ、世の中に出すことができる。だから民衆の関心も高いし尊敬の的でもある。最近だと遺産の処刑器具が医療器具として変貌を遂げていた。中央研究所に所属する研究者の功績だ。
一方で負の遺産といえば、過去の出来事や人格、思想なんかが地脈を通して再現される自然現象であるとされ、魔法の解析と技術の応用がどうやってもできない。それどころか地域に根付く信仰や文化を破壊する行為にもなってしまうので、寧ろ邪魔者扱いされることがある。このトレン町のように。
「なぁにが正直者の町じゃいっ。そら正直だろうがよっ悪感情まであからさまに態度に出せばよっ」
「地主さんは協力してくれているだろ。あの……おばさんとか。男の人とか」
「おまえも名前覚えてねぇじゃんっ」
秩序隊のシアンはそっと目線をヘルマンから逸らして放り投げる。何気なく逃がした視線の先では件の地主ファルカと、研究職員のまとめ役ダグラスが話していた。
町民への聞き込みは思ったように成果が挙げられず、ヘルマン達は早々に文献調査へと方針を変えた。連日のように図書館の一角で紙をめくり字を追い続けている。とはいえ負の遺産は最低でも六百年前から存在するもの。歴史書や伝承、寓話からそれらしき記述をピックアップしていくしかない。調査は難航しているといえた。
「せめて何代前の遺産か分かれば……」
「正規の遺産が発掘されているかどうかによるけど、まず町の制定が五百年前だろ。ろくな記録が残ってるか分からん」
紀年法自体はおよそ五百七十年前に定義され、国という概念も同時期にできあがった。しかし人口も技術力も不足していた五百年前にどこまで記録をつけて保管する体制が出来上がっていたかは定かでない。ヘルマンはあまり期待していなかった。
ダグラスはファルカから資料を受け取ると、一礼をしてこちらに戻ってくる。紙束に向けてヘルマンはしかめっ面で舌を出した。
「ダグラス先生、地主さんはなんて?」
「行方不明者の失踪場所が偏っている件について続報だ。消費魔力増加前の十年分が届いたが……まあ、また同じだ。町とその西に偏っている」
ダグラスは町近辺の地図を広げる。失踪場所に次々と赤印を入れて、紙束はテーブルに置かれた。シアンとヘルマンも揃って地図を見る。印は七割が町に、二割が西に、残り一割が北と東、南の町近辺に付けられている。
「なんというか……こう見ると不思議だな。密度を見ると町が中央なのに、影響範囲は西に偏っている。円が歪で影響の中心地が見えてこない」
「御伽噺じゃ“罪人は川へ”じゃん?川周囲は誰もいないけど」
ヘルマンは地図上の川を指さした。東に広がる農地の、さらに東に川が一本ある。東側は前述のとおり失踪者が出ても町近辺のみなので、川の周辺でいなくなった者は十年さかのぼってもゼロだ。
情報は集まっても進捗はなし。今日も古い紙をめくって単語を拾って、腰と目を痛める時間が延々と続いた。ようやく動きがあったのは、そんな調査が二週間以上続いたある日の午後だった。
ダグラスの提案で、ヘルマンたちは食事をできる限り外食ですませることになっている。宿で湯を沸かして茶を淹れる以外できないというのもそうだが、歩いて凝り固まった体を伸ばしつつ町に金を落とそうとの考えだ。観光客が強制的に途絶えて以来、飲食店が満席になる日はほぼない。ヘルマンはお人好しだなと思いつつ、上司の奢りで食べられるので毎回喜んでついて行く。
その日の昼食は図書館近くのカフェテリアを利用した。いつも店を変えるけれど、五百年続いた一次産業は馬鹿にできない。地元の飲食店は殆ど近辺の農園や牧場から材料を仕入れているおかげで、使用される野菜も乳製品も質がよく、それらで作られた料理はどれも絶品だ。
今日も残さずぺろりと平らげて、まだ腹に余裕があるのでヘルマンとシアンはメニュー表のデザート欄を睨みつける。
「昔はハーモニーという柑橘が有名だったんだ。何度か贈答品で頂いたことがある」
ダグラスがそう言っていたので、柑橘の爽やかな甘みが恋しくなった。
二人揃ってオレンジジェラートを追加注文する。届いたジェラートは美味しかったけれど、残念ながら材料はただのオレンジだった。会計の時にハーモニーは流通しなくなって久しいと店員から聞かされたのだった。
満腹なのになんだかもやっとした気分になりつつ、やや低いテンションで図書館にもどる。午前中ヘルマンが座って作業していた場所には、何やらノートの切れ端が増えていた。
読み終えて端によけていたはずの本に、折りたたまれた紙が一枚しおりのように挟まれている。ヘルマンは不思議に思い手に取った。開けば、か細い字が綴られている。
「お。キャナリ……?先生、先生のご家族ってこんな名前でしたよね」
「そうだが。ま、まさか何かあったんじゃないだろうなっ」
姪が絡むと、尊敬すべきダグラス先生は一時的に知能指数が下がっているんじゃないかと思うことがある。やれ家具が少ないとか町まで距離が開きすぎじゃないかとか。お人好しに心配性が合わさってその辺りの感情が質量を増やしているのではと疑うことも少なくない。ヘルマンとシアンがキャナリの生活環境を知った暁には、ダグラスは正しかったのだと心底気の毒に思うことだろう。
紙きれを心配性な伯父さんの表情で受け取ったダグラスは、書かれた文字を追うとすぐに研究者の顔つきに戻った。そのことにおや、と注目したのはシアンだけで、ヘルマンはすぐ資料に目を向けていたので気が付かなかった。
「……ふむ。シアン、この書籍を取ってきてもらっていいだろうか」
「ええ、勿論……」
ダグラスから紙切れがそのままシアンに渡される。書籍は盲導犬訓練の指南書と、出版時期が近年だったのでまだ調査していない童話集だった。探すのに大きな苦労はなく、数分後には目的の本も目を通すべきページもすんなりと見つかった。
「犬笛って外国の発明じゃなかったか?」
「アルビス連合国だな。魔法付きも付いていない方も、どちらも五百年前のアルビスで生まれた。……この町と同じだな」
遺産は国が管理する今でも盗難、盗掘が横行する。当時は一層管理が疎かだったはずだ。自国の遺産を資金繰りのために売ったのか、他国からトレジャーハンターが遠征してきたのかは定かでない。開拓開始時期と被ることを考えると、前者の可能性が高いだろうか。
処刑器具が医療機具となるように、現行の魔法道具は元の遺産からかけ離れた用途で使用されていることがある。または列車のように、用途を同じくしているが技術不足で機能が著しく低下しているか。御伽噺が嘘をついた者の失踪過程を語っているのならば、笛吹きが使用していた笛は犬笛よりも効果が強いとみて良いだろうか。
「犬笛の作用条件は五十デシベル以上で聞こえること。……まあ今回は一デシベル聞こえりゃいいと仮定して、笛吹きはどこに焼き付いているんです?」
ヘルマンの問いに、ダグラスも黙り込むしかない。失踪者の目撃証言はあまりにもばらけすぎている。総数で言えば町中、無理やり半径を割り出すなら北西の町はずれ。消費する魔力が多くなりつつあるこの町で、魔法道具を乱用することは避けたい。負の遺産を特定する道具を、この二か所で使用してみるべきか悩みどころだ。
暫く沈黙が横たわった。ベテランのダグラスが黙り込んでしまっては、若造のヘルマンと武力担当のシアンはお手上げだ。ヘルマンでは知識量も頭の回転もダグラスに敵わない。せめて思考の邪魔をしないようにと二人そろって席を外し、歴史書のコーナーへ移動した。
「この際、俺嘘ついてみる?」
「は?何を考えている」
シアンがヘルマンを睨みつける。睨まれた側は意外と真剣な顔をしていて、笛の歴史、トレン町の歴史などの書籍を物色しながら続けた。
「嘘がどこまで許容されるのかの検証と、笛の特定?できそうじゃん。つまみ食いは俺じゃないですぅって言って許されるか否か。笛が聞こえたとしたら、音どこから聞こえるか」
「……生体実験は禁じられている」
「まあ、あくまで提案の一つだって。探知道具の使用まで制限されちゃ動き方も考えないと。今後、こういう事例が増える可能性もゼロじゃないだろ?」
中央研究所にご意見送ってみようか、と続けたヘルマンの頭を、シアンはそこそこの勢いで叩いたのだった。
護衛を専門とする男の“そこそこ”はだいぶ痛い。




