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嘘嫌いの笛吹き

 恩人さんとお茶をした翌日、今日は早めに果樹の世話を切り上げて、いつもより早く町に来ていた。午後の出勤時間まで町の図書館に籠るためだ。

 これまでも何度か利用している図書館は、町役場と同じ二階建てで大きさも変わらないくらい。けれど湿気対策なのか、ここだけは外観は漆喰で作られている。入り口に飾られた黒い猫のオーナメントが白い壁に映えて可愛らしい。いつもどおり静かだけれど人の気配は至るところにある、図書館特有の雰囲気とインクの匂いが満ちている。強いて変化を挙げるなら、本棚の合間に伯父の姿が見えたことだろうか。


 伯父が出張してきて暫く経つけれど、こうして町の施設で行き会うのは初めてだ。今日の伯父は国立研究所の白衣とバッジをつけていて、遠目でも全身が草臥れて見えた。調査の進展がないのだろうなと、簡単に察せてしまう格好だ。

 伯父のさらに後ろには、同じ研究職員の格好をした若い男性が一人、腰から警棒を下げた男性が一人付き添っている。若い方は熱心に本を睨んでいて、警棒の男性は伯父の傍で警護についているようだ。

遺産は価値あるものが多いので、研究者は盗掘犯などの悪い人と出会いやすい。そのために警備要員が必ず一人は同行するのだと伯父から聞いたことがある。今は亡き父がそうだったと言っていた。母は父が亡くなって以来医療技術の研究に没頭していて、ここ十年ほど顔を合わせた記憶がない。


 私は静かに伯父たちを視界から外すと、必要な書籍を数冊選んでできるだけ遠い椅子に座った。



 トレン町の笛吹きは、正直者で嘘が嫌い。嘘つく人、騙す人、あなたに笛が聞こえるか。音色は嘘つきにしかわからない。

 トレン町の笛吹きは、正直者で嘘が嫌い。笛はぴいぴい、川はとぷん。あなたに笛が聞こえたか。音色は中に溶けていく。

 トレン町の笛吹きは、正直者で嘘が嫌い。よい子は東、悪い子西へ、あなたに笛は届いたか。音色はいつも見張ってる。



 御伽噺は時代によって形を変えてきたので複数存在している。解釈も物によって様々だけれど、一貫して嘘嫌いは笛吹きとして描かれている。トレン町の歴史上に笛を用いた逸話を持つ人物はいないのに、歴史が遺されていく過程でいつの間にか定着した描写。私は、この笛吹きは今の人類史が始まる前、滅んだ時代を生きていた実在した人物なのだと思っている。


 読んでいた童話集を閉じて机の端に寄せると、次に盲導犬訓練の指南書を開く。

 序盤にはシューさんが言っていた楽器型魔法道具の記述がある。一番多い形状は笛だ。訓練の前に魔法の犬笛と訓令対象の犬を紐づけて、対象の犬にだけ聞こえる音が出せるよう設定する。そう調整することで騒音を抑えることができるし、犬が沢山いる場所でも目的の一匹だけに指示を出せる。


 現在活用されている動物用魔法道具は、使役できる数が一個につき多くても十頭、範囲は楽器の音が五十デシベル以上で聞こえる範囲内のみになるよう調整されている。それ以上は使役難易度が上がり、消費する魔力も膨れ上がってしまうらしい。


 遺産は滅んだ過去の人類が遺したもの。ロストテクノロジーの塊。今使われている技術は遺産から着想を得て作られたものが殆どだけれど、百パーセント再現できたものはほぼない。

 もしも生前の笛吹きが使っていた笛が遺産なのであれば、広範囲且つより多くの動物を単独で使役することも可能だったのではないだろうか。例えば、町ひとつとか。


 動物を使役できる笛なら、人だって操れても可笑しくない。この考えが浮かんだとき、私の中には言い表しようのない複雑な感情があふれた。これはあくまでも地脈へ焼き付くものが魔力と願望のみでなく、魔法道具の機能もだと仮定した場合の話。笛吹きが亡くなったときに嘘つきを誘い出すことを願っていたとした場合の話だ。


 笛吹きはどうして人を操るに至ったのだろう。楽器型の魔法道具による刑罰が主流だったとしたら、なにも笛吹きの職業が演奏家である必要はないのかもしれない。はるか昔に築かれた文明では詐欺が極刑扱いだったのだろうか。今も国によって罪の重さは様々だからあり得ない話ではない。南の遠い国では、裏切りから人間不信に陥った王様の話も伝承されているくらいなのだから。


「嘘はだめね、正直が一番。窮鼠を怒らせちゃいけないわ」


 出勤時間まであと一時間に迫っていた。私は持ってきた本を戻そうとして、ふと伯父は御伽噺と魔法道具の類似点を知っているのだろうかと気になった。本棚の奥を見ると伯父を含めた三人は席を外していたが、集めた資料類はテーブルに置かれたままだ。ランチに出掛けているのだろうか。


「うーん」


 とうに知っているかもしれないし、全く見当違いの推理である可能性だってあるけれど……。

 私は結局、持っていた手帳を一枚ちぎってメモを残すことにした。笛吹きの御伽噺と魔法の犬笛が載った書籍のタイトルを記入し、二つの関連を疑っていることを短く追記する。最後に名前を書いて、資料の端に挟んで置いていくことにした。

 


 昼間の町は人が多い。お母さんと一緒に買い物に来た子が叱られていたり、店主が集客に勤しんでいたり。日によって違うので見ていて飽きない。町民たちが持つ財布の紐は相変わらず硬いけれど、みんな暗く塞ぎこむことなく毎日を過ごしている。むしろ外の人がいない分のびのびと気負わず、楽にふるまっているようにも見えるくらいだ。


 コルモラン紅茶店は今日も客足が穏やかだ。店長は私にレジを任せて、奥で今後の仕入れを調整している。これからはオータムナル(秋摘みの紅茶)の茶葉が出回り始めるから、好きな人は入荷後すぐに店に足を運んでくれる。けれど今の状況でどこまで財布の紐を緩めてくれるかは予測が難しい。嗜好品である以上、節約の対象になる可能性は十分にあり得た。


 閑散としているどころか私以外の人がいない店内を掃除していると、お休みのはずのミランがボーイフレンドのシュヴァルベ君と一緒にやってきた。シュヴァルベ君の手には美味しいと評判なお菓子屋さんの紙箱が握られている。サイズが一番大きいやつだ。今日もミランは甲斐甲斐しくシュヴァルベ君を育てているらしい。


「お邪魔するわねキャナリ。あら、店長は?」

「奥で仕入れの調整中。オータムナルをどのくらい入れようかって、ギリギリまで考えるみたい」

「オータムナルならきっとクレーエさんが一年分買い込むわよ。大雑把でいいと思うけれど」


 ミランがシュヴァルベ君に同意を求めていたけれど、彼は曖昧に笑ってイエスともノーとも言わずにいた。賢い。


 二人は先程秋限定のスイーツを買い込んできたところで、これからお茶会をするそうだ。多分それぞれ半分ずつ食べるのではなくて、シュヴァルベ君が最低でも三分の二は負担するのだろう。シュヴァルベ君も楽しみなようでとてもいい笑顔だけれど、箱を持っていない方の手は自分のお腹を撫でていた。きっとミランなら体調は万全の状態で育てるはずなので、その辺りに関しては安心していいと思う。


 買ってきたお菓子を聞いてそれに合う紅茶を袋詰めしていると、その間ミランがずっと私をにやにやと見ていることに気が付いた。シュヴァルベ君も控えめながら私を見て笑っている。お菓子を心待ちにしているのとは別種の笑顔だ。


「昨日見たわよ、私。地主さんと喫茶店に入っていくところ!」


 一気に首から上が熱を持った気がする。ミランは可愛らしく口元に手を当てているけれど、上がった口角が隠しきれていない。


「み、見たなら声かけてくれたって……」

「そんな野暮なことしないわよ。納涼祭の頃から気があったのは知っていたしね」


 バレていたんだ。顔が熱くて仕方ない。急いで袋詰めを終えてカウンター越しに渡したけれど、ミランは動かなかった。


「私は別に、恩人さんのことそんな風に思ってないしっ……」

「ふうん?正直者の町で嘘つこうったてそうはいかないわよ」

「ミラン、その辺にしとこうよ」


 シュヴァルベ君も言葉では止めているけれど、にやけ顔が隠しきれていない。のんびり屋に見えてこういうところはミランそっくりだ。ああ、もし店長がいたら止めてくれただろうか。いや、多分この場で一番乙女な顔と仕草で話を急かしていたかもしれない。いなくてよかった。


 別に私は、恩人さんと何かになりたいわけじゃない。気にするようになったきっかけだって、移住先で初めて親切にしてくれた人というだけだ。言うなればひな鳥の刷り込みのようなもの。だから私が未だに恩人さんと彼を呼び続けている。彼は辺鄙な場所で暮らす私を放っておけない優しい人で、私はおこがましくもそれに甘えきっているだけなのだ。


 こんなことを、つらつらとにやけ顔の二人に話して聞かせた。途中からにやけ顔から目をコロコロに丸くした顔に変わっていた二人は、話し終えた私がそっぽを向くとお互いの顔を見合わせる。

何も言わない二人が不思議で、私は目線だけ彼女たちの方に戻した。二人は何かアイコンタクトして、たらりと冷汗までかいていた。なんだろう。

 ミランにわき腹を突かれたシュヴァルベ君が、一つ咳払いをしてから挙手した。


「質問、なんだけど。キャナリさんはプローベツァイトって聞いたことある?」

「ない……。え、なにか必要なこと?この町のイベント?」


 二人は何も言わずに肩を落とした。



 気の毒そうな顔をしたミランとシュヴァルベ君が帰ると、あとは変わりなく閉店が迎えられた。私は結局プローベツァイトとは何なのか教えてもらえず仕舞いだ。


 閉店作業を終えてから大きな体を丸めて帳簿とにらめっこしていた店長に挨拶をすると、いつもより弱弱しいサムズアップで見送られる。几帳面で心配性な店長は、まだオータムナルの仕入れ数を決められずにいるようだ。


 夕暮れの町は、昼間とは違った賑やかさがある。目につくのは閉店作業をする店主たち。出かける人より帰路につく人が増えたことで、昼間より歩くスピードが何となく速く感じた。昼間子供を叱っていたお母さんは、今度は遊びに行ったまま帰ってこない子供に怒っているようだった。きっと帰ったら拳骨か落雷みたいなお叱りが待っているかもしれない。ちょっと気の毒だ。


 私はいつもどおり町を出ようとして、ふと伯父を思い出した。午前中に置いたメモは見てくれただろうか。あと、この国で生まれ育っている伯父ならプローベツァイトとやらを知っているかもしれない。会いに行こうかなと踵を返したところで、やっぱり足を止める。考えてみれば、図書館だってもう閉館する時間だ。伯父がどこに宿泊しているのか詳しく確認していなかったから、会おうにも場所が分からない。


 相変わらず、視界の端にはちょろちょろと動く影がちらつく。どうせ帰り道の半分以上は日が落ちきった中を歩くのだけれど、これ以上暗い町中を歩くのは遠慮したい。

 ヂーヂーという鼠の鳴き声が裏路地から響いた。鳴き声を聞いたのは初めてかもしれない。今日はあまり猫を見かけないから、鼠も伸び伸びと過ごしているのだろうか。街灯があるとはいえ、暗い町中でうっかり踏みつけては気が滅入るどころじゃないし、鼠とはいえ申し訳ない。明日は土曜日だから伯父に会うのは日を改めよう。つま先を帰路に向け直して、夏より少し速足で歩き始める。


「すまないが、もう店じまいなんだ」

「まったくあの子は、どこに行ったんだか!」

「おーい、誰か俺の鍵を見てないか」

「扉は早く閉めろ、鼠が入ったらどうする」

「今日は猫集会かしら。あの子まだ帰ってないわ」


 へえ、猫集会なんてものがあるんだ。この町の地域猫がみんな集まったりするのだろうか。とても気になるけれど、残念ながら日がだいぶ傾いているのでまた今度確かめよう。


 夕暮れ特有の喧騒を抜けて町を出ると、あらかじめ用意していた手持ち照明を灯す。まだ少し明るいけれど、どうせすぐ空は夜で染まってしまうからいいだろう。

 日が落ちるに従って風が強くなってきた。秋らしい冷たい風だ。明るいうちは冬に向けて色を変えつつある草や木々を堪能しながら歩いていたけれど、吹き付ける風がちょっと困りものだ。暗くなってからは、風の合間に秋特有の虫の気配を感じながら道を歩く。夜行性の虫が跳ねて、風が無いタイミングで揺れる草に驚いてしまうけれど、これも今だからできる楽しみと言えた。本格的に冬に入ったら、帰り道はずっと暗いままになってしまう。草木も虫も今よりずっと面白くない。この辺りは雪が降るのだろうか?歩くのに支障ないくらいだといいのに。


 家に着くと照明をつけて夕食の用意をする。いつものようにパンとチーズ、今日はハムもつけることにした。

 最近のルーチンでは、シャワーを終えたら恩人さんに貰った髪飾りを乾拭きして、それから本を読むことにしている。今日は図書館で選んだ童話集だ。笛吹きの他にも、教訓めいた話が載っていて面白い。この町の図書館は品ぞろえが良いので、引っ越した当初に思い描いていた本棚の設置はどんどん後回しになっていた。まだ家具は伯父に貰ったもの以外増えていない。伯父の調査が終わったら改めて叱られるだろうから、そろそろ生活雑費を買っておくべきかもしれない。特に来客用の椅子と食器は早めに。


 残念ながら、今晩の読書はあまり捗らなかった。風は勢いを増していて、たまに砂粒が窓にあたって音を鳴らす。そのせいで集中力がそがれてしまう。


「はあ、今日はもう寝ちゃおうかな」


 渋々本を閉じてダイニングのテーブルに置きに行く。なにせ寝室には机が無い。床に置くのは汚いし、ベッドに乗せたままだと寝返りをうったときページが折れたり落としたりしたら大変だ。もしかすると来客用の椅子と一緒に、サイドテーブルも検討するべきかもしれない。



 家の明かりが消えると、周囲の風音が一層強く感じる。風のぴゅうぴゅうという高い音に混じって、枝葉がこすれ、砂粒が舞い、秋色に変わって水分が少ない草たちがさわさわと揺れる音が調和する。

風は甲高い笛のように一晩中鳴り続けた。

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