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異変②

 早速翌日から町で研究職員による調査が開始された。知らない魔法道具を使用するのかと思いきや、聞き込みをしたり町中の魔法を確認したりと地道な情報収集をしているようだ。街中で遭遇した際、気になったファルカが調査専用の道具はないのかと聞いたことがある。


「ありますが、魔力を多く使うのです。道具を使うのは控えて、負の遺産の位置を絞り込んでからですな」


 ダグラスはそう答えると、レンガ道を注視する作業に戻っていった。目に魔力を集めて、魔法図が施されていないか確認しているらしい。若いヘルマンは秩序隊の男性と共に町民に聞き込みをして、ここ最近の行方不明者がどこで消えたのか、というのを調べている。来訪者の顔立ちや行動を詳細に覚えている者は少なく、またよその人間を警戒してか、情報収集は難航しているようだった。


 ほかの地主は、調査の邪魔はしないが積極的に関わりもしない。できる事がないというのもそうだが、薬をまいてもいなくならない鼠の問題が続いているせいもあった。食糧庫が荒らされることはなくなったが、町中から鼠の影は消えない。最近は牧羊地によく出没するらしく、北と西の地主がキレ気味で駆除業者を手配していた。


 ファルカの土地は変わりない。実りの秋に入り例年より多い収穫物をなるべく値を下げずにさばく方が手間取ったが、収穫作業については条件を厳しくした短期労働者の雇用のおかげで、追加の失踪者をださずに人手を増やして対応できた。豊穣祭が中止になったことで、寧ろ暇な時間を作りやすいと言っていい。


 キャナリの元への週二回の訪問も欠かさず行なっている。ダグラスが伯父だと聞いて驚いたが、言われると何となく雰囲気が似ているように思えるのだから不思議なものだ。


「負の遺産の件は、町民へあえて周知しないことになったよ。緘口令があるわけじゃないが、古い……信仰対象のような存在だからね。慎重にならなくては」

「笛吹きって、あの広場の銅像ね。とても大切な存在なのね」


 キャナリの手元にはトレン町の歴史書があった。基本的には平和に発展して一次産業に勤しんできた町なので、内容はあまり濃くない。殆どが凶作や自然災害への対応とか、あっても移住者との小競り合いだ。笛吹きの情報はあまりないが、古くから語られていることだけは確かだった。


「今の笛吹きがいたままだと、町はダメになってしまう。……これまで頼り切っていたから、怒りを買ったんだろうな」


 自分でも驚くほど哀愁漂う声だった。幼少期から、それこそ物心つく前から語り聞かせられた御伽噺は、思いのほかファルカの心に深く根を張っていたらしい。


「長い間頑張り続けて、疲れてしまったのかもしれないわ。ほら、徹夜続きの人がなんだか高いテンションで騒ぐことがあるみたいに」

「過労で笛吹きの頭が可笑しくなったって?ふふっ、そうだな。少なくとも五百年この町にいたのだから」

「そうね、五百年毎日休みなしだったなら、笛吹きもお疲れ様ね」


 キャナリはファルカ含めたトレン町が抱く笛吹きへの信仰に似た執着を否定せず、ただ目の前にいるファルカの漠然とした悲しみと失望を消化するように相槌をくれた。


 キャナリの村に大きな信仰対象は無かったと聞いている。世界で最も普及したソラガミ信仰を、季節のイベントと共に緩く取り入れる程度だったそうだ。そんな彼女には、町が笛吹きへ向ける感情を理解しきることは難しいだろう。実際、ファルカが話す全ての事に同意はしなかった。短絡的に否定に走らずなあなあに肯定もせず、本を読んで話を聞いて、この町を理解しようと努めてくれていることが嬉しかった。

 キャナリとの会話のおかげで、ファルカは調査の手伝いをすると決断することができたのかもしれない。


 この日を境にして、ファルカは地主としての見回りや情報収集の中で行方不明者の情報も積極的に集めるようになった。失踪発覚の日、失踪者が犯したと思われる犯罪の発生日時、失踪直前までの目撃情報など。内容はヘルマンが収集しているものと類似しているが、地主である分有利に事が進んだと言える。特に貸付先からの報告や警備隊への情報提供記録は大変役にたった。


「やはり、増え始めたのは西部の大火災と時期が近いな」

「ええ。年初めの失踪は火災発生より先に起こっていました。次の事件は火災から一ヶ月後に。この時点で、失踪ペースは例年より速かったと言えるでしょう」


 部下と共に集めた情報を整理する。周辺地図に失踪者の目撃地点や犯行地点を書き込んで、別紙には時系列順に記録する。


「特に夏は、納涼祭目当ての観光客や短期労働者が多かったので集中していますね」

「短期労働者は、これは偏りと見ていいと思うか?北と西、ここは乳製品の加工場か」

「あそこは例年労働者の雇用基準が大雑把ですから……。元々、家畜の臭いなどの問題で逃げ出す輩もいましたし判断は難しいかと」


 多いと言っても、失踪者のうち短期労働で来ていた者は四名。そのうち三名が北と西の、町に近い加工場にいたというだけだ。母数も少なく、偏りと断言するには些か情報が足りない。

 最も行方不明者が多いのは、やはり町中に滞在していた者たちだ。大火災の影響で急いて判断を誤った者が少なくないのだろう。今年の犯罪数が多いことが、さらに失踪の増加に繋がったようだ。火災が起きた地域と距離が近く、主都より人口密度が低いため犯行の発覚リスクが低いトレン町は、邪な人々の目に留まり易かったのかもしれない。行方不明者と被害届の数が合わないため、その辺りの調査も必要だろう。


 資料をまとめ終えるには、あと数日かかる。数人の部下を情報整理の専門に割り当てて、終わり次第研究職員たちへ渡すよう手配する。ついでに情報収集中であることを、先んじて伝えておくことにした。こちらの情報を待つか、同時進行で集めて整合性をとるか、別の情報を集めるかは先方に任せよう。

 この後は自分が貸し付けている土地をまわり、状況説明や鼠被害の聞き取り調査もしなければならない。一通り部下への指示出しを終えると、ファルカは一度自室に戻った。


 クローゼットを開け、外行きのジャケットを取り出す。ようやく気温が落ち着いてきたので、制服ともいえる堅苦しい服も拷問具ではなくなってきていた。姿見の前に立ち、着慣れたジャケットを羽織った。襟元を整え終えて振り返ると、自然と後ろの机が目に入る。封筒がいくつか置かれていた。


「ああくそ、忘れていた」


 今日の郵便を確認するのをすっかり失念していた。急ぎの要件が無ければいいが。

 渋々ペーパーナイフを手に取って、一気に封を開けていく。幸い中身は当たり障りのないものばかりだったので無意識に安堵の息が漏れた。

 最後の一通は、町で店を構えるジュエリーショップからの手紙だった。封を開ければ注文した商品が完成したと書かれている。


「ああもう、やっとか。納涼祭は終わってしまったし、豊穣祭は中止だし……」


 いつだったか、納涼祭の前にキャナリが履いているレースパンプスを見て注文したアクセサリーだ。何度訪問しても変わらない生活感のなさに、納涼祭に向けて最低限の衣装は用意してもアクセサリーまでは揃えないだろうしと考えて手配することにした。

 予想どおり納涼祭当日のキャナリはアクセサリーを防犯ブレスレットしか着けておらず、髪は暗くて分かりづらかったけれど、ラッピング用の安価なリボンが使われていた。手の込んだ編み込みは可愛らしかったが、元の童顔とオレンジのドレスも相まって変態を寄せ付ける羽目になるとは。このアクセサリーを着けていたなら、少なくとも町の人間で手を出そうと思う輩はいなかっただろうに。


 鷹のデザインと自分の髪に似た緑の石を使用したのは、防犯的観点からであって他意はない。まあこまめな訪問を純粋な好意と捉えて喜ぶ無警戒さと鈍感さを突きたい意図は無きにしも非ずというか。


「……華美ではないし、高級品でもない。普段使いできるか」


 これをつけたキャナリを見られないのは何というか、せっかく作ったのにもったいないから。注文当時イミテーションの石を選んだのは、キャナリが高級品を喜ぶように見えなかったことと確実に受け取らせるためだ。注文後に祭り用なのだからもう少し装飾を足すべきだったかと思ったけれど、万が一別のアクセサリーを持っていた場合併用できるように抑えたのが今になって功を奏した。

 ニマニマ。自然と口角が持ち上がる。


 ノックの音が響いて部下の声が聞こえた。もう出発の時間だ。部下に返事をすると、ファルカは懐に手紙をしまう。口角を元の位置に戻しながら部屋を出て、本日の行先を一つ増やすことにした。

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