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変化と違和感

 ハーモニーの果実が大きくなって、せっかちな実はほんのりと緑からオレンジに移り変わる兆しを見せつつある。私は相変わらず、町に残って果樹の世話と紅茶店でのアルバイトを往復する毎日を過ごしていた。伯父も私が聞かん坊なことは分かっているので、あれ以来引っ越しを勧めてくることはない。

 いきなり収穫祭が中止になったことを憤る人や悲しむ人はもちろんいるけれど、町民の大多数は概ね変わらない日々を過ごしている。実りの季節はやることが多い人ばかりだ。収穫、加工、販売、冬支度。目まぐるしく動く町民の間を縫うようにして、伯父たち研究職員は起こっている異常の原因特定を急いでいる。


 小さな町とはいえ、たった三人で調査をするのは疲れるだろう。リラックスできる紅茶はあるのかな。

店長に聞いてみたところ、いくつかのフレーバーをお勧めしてくれた。休憩がてら試飲させてくれることになって、ミランが温めたカップに店長が紅茶を注ぐ。その間に私は、老夫婦の喫茶店で買ってきたキルシュトルテを各々の皿に乗せて用意していた。

 フォークを持ってきてくれたミランが、私の隣に並ぶとにやにやと笑い始める。出勤してからずっとなにか言いたげだったから、ようやくかと肩をすくめてしまった。言いたいことの予想は付いている。


「ねえキャナリ、貴女素敵な髪飾りね」

「うん、ありがと。……あの、ミラン?笑顔がなんだか、なんだか怖いのだけれど」

「失礼しちゃうわぁ。あーあ。私も燕のアクセサリーが欲しいなあ」


 私がいつもどおりシニヨンに纏めた髪には、今日から鷹の髪飾りが追加されている。ワイヤークラフトというらしい。緑色の宝石を模したイミテーションが一粒添えられていて、シンプルだけど引き締まったデザインだ。

 店舗の片隅にある小さめのテーブルセットに三人分のトルテを置き終わると、ミランがフォークを添える。丁度いいタイミングで店長が紅茶を持ってきた。


「はい、お待たせぇ。ハーブが配合された紅茶でね。ちょっと渋くてちょっとすっきり。甘いケーキにもよく合うよぉ」

「ありがとう店長」


 背もたれがある椅子は私とミランに使わせてくれて、店長はスタッフルームから丸いスツールを持ってきて腰を下ろす。この店では、店長が可愛く見えるか否かが仕事を長続きできるかに繋がるらしい。大きくて逞しい身体が綺麗に折りたたまれてスツールに収まる姿が私にはしっかり可愛らしく見えたので、きっと長く勤められるのだろう。


 フレーバーティーは紅茶の豊かな香りの中に、ハーブ特有の青いすっきりとした香りが混じっている。早速口に含んだミランが、ゆっくりと味わって一声をあげた。


「んーっおいしい!このフレーバーティー好きかも。……でも店長が言うとおり、渋みがよく分かるわね。最初は良いけれど、私は今みたいに甘いお菓子が一緒じゃないと一杯全部飲めないかもしれないわ」

「伯父様はこのくらいの渋さが好きかも。鼻にすうっと抜ける爽やかな感じも落ち着く。強くないのに清涼感がしっかりあって、リラックスには丁度いいわ」

「気に入ったかい?」

「ええ。後で一缶買わせてもらってもいい、店長?」

「もちろん。ラッピングもしたげるぅ」


 サムズアップを掲げる店長の口元にはキルシュトルテのクリームがついていた。


 遠目では変わらない町の雰囲気にも、些細な変化はある。その一つが町民の財布の紐が固くなったことだ。豊穣祭による観光収入が今年は見込めないので、町で店を開く人たちは賢く小さな節約をし始めていた。


 特に一次産業を担う人は、今年は豊作なのでお金を人件費や業務と生活の効率化に多く注いでいる。要するに、コルモラン紅茶店はちょっとだけ客足が減ってしまっていた。

 完全に無くなったわけではないけれど、節約の対象を嗜好品に向ける人は少なくない。一階の購入量が減ったり、買う茶葉のグレードが下がったりしていることに、店長どころかアルバイトの私ですら気付いている。

 お客さんが全然来ないので休憩兼試飲会は穏やかに続く。ミランはトルテを咀嚼しながら、私の髪飾りの方を向いていた。


「どうせなら、イミテーションじゃなく本物の宝石が付いていてもいいんじゃないの?純金とかもありね」

「金は重いし、無くしたり壊したりしたら怖いもの。恩人さんも私が気負いしないようにってこれを選んでくれたのよ」


 ミランの顔が歪む。


「やっぱりあの地主さんからなのね。その気遣いが逆に腹立つわ、あの色男。キャナリを理解してますムーブ凄いムカつく。私の方がキャナリと仲いいですけど」


 最近知ったことだけれど、恩人さんはとてもモテる人らしい。顔立ちも整っているし硝子の馬に跨る姿も様になっているし、地主だからお金持ち。よく考えなくたって女性が夢見る相手には十分すぎるスペックだ。鈍い子ねというミランの言葉が否定できない。


 これを知ると、初めて列車で出会った時のことを思い出して納得できた。きっと女性のあれそれに巻き込まれて嫌な思いをしたことがあったのだろう。私は丁度そういう話題に浮かれやすい年頃だったから、警戒されていたのだ。喫茶店に誘われたと思って顔をしかめていたのもきっとそうだ。悪いことをしてしまった。


「ミランちゃんは昔からファルカ君が嫌いでねぇ」

「デカくて鋭い感じがしていやよあんな男。もっとコンパクトで柔らかくて丸い方が可愛いわ」


 そういえば、納涼祭で知ったミランのボーイフレンドは中肉中背の穏やかな人だった。最近ちょっとお肉が増えたようで、お顔の柔らかい感じが増していた。


「その点シュヴァルベはいい感じに育ってきたわ。ちょっと運動増やして健康的にもう一回り育てなきゃ」


 ミランが育てていたのか。服屋でサイズ違いの服を見比べながらしょんぼりしていたのを見かけたことがあるので、その辺のケアもしてあげてほしい。


 休憩兼試飲会を終えると、また店番の時間だ。とはいえ客足はまばらなのでやることが少なく、いつもより掃除が捗った。閉店後に片付けをして、店長お勧めのフレーバーティーを一缶買う。有言実行で、落ち付いた色合いのラッピングを施してくれていた。伯父に渡しても違和感のない、上品で店長のセンスが光る出来だ。早速明日伯父に渡しに行こう。


 紅茶缶を持って帰路につく頃には日が随分と低くなっている。暗くなってくると鼠が活発に動き出すのか、町から出るまでちょろちょろと視界の端を何かが掠めることがある。小動物の影は町を出ると無くなるので、徐々に暗さを増す道を夏よりも速いペースで歩いて行く。三十分も歩けば空はすっかり夜が優勢に変わって、地平線の向こうに辛うじてオレンジ色が残るだけになった。

 鼠の対処は難航しているらしい。短期間に薬を使い過ぎて耐性を得てしまったのか、いつまで経っても数が減らない。夕方以降は必ず目撃証言があって、夜の間は時々地域猫が獲物に飛び掛かって唸り声をあげる。


「でも、鼠の死骸を見た人はいないのね」


 ぺろりと丸のみにしてしまうのだろうか。綺麗好きな猫たちは口元もすっかり舐めてしまうのか、鼠を食べた痕跡を残す猫は見たことがない。それどころか、夏前は連日連夜聞こえたという猫が狩りをする音と声の頻度が少なくなっているそうだ。


 何かおかしい気がする。


 我が家に入ると、照明をつけて夕食を準備する。いつもと同じパン一切れとチーズに、冷蔵棚に入れておいた水出しのお茶を一杯。もそもそと咀嚼しながら、ぼんやりと違和感を整理する。

 鼠は町でよく見かけられる。始めは食糧庫や作物への被害が酷くて、直ぐに駆除と町の清掃が行われた。町全体に一回目の薬が撒かれてからというもの実害報告自体はなくなったけれど、目撃証言は減らなかった。町内の殆どはまだ鳥や猫をモチーフにした鼠避けのお守りをぶら下げている。以降、二度三度と薬が撒かれても、未だ終息宣言は出ていない。

 私自身も鼠の存在を知っている。今日も帰りに視界の端をちらついていて、納涼祭の帰り道では実際に猫が獲物に向かって鳴く声を聞いている。


「ううん……」


 最後の一口を平らげて、お茶で喉を潤す。空腹は収まっても違和感は相変わらずで、なんだかモヤモヤした気分と高揚感とが入り混じって燻っている。


 私は自室からレターセットを取り出すと、主都宛に手紙を認めた。住所の詳細は解らないので、忙しいところ気が引けるけれど、明日茶葉を渡すついでに伯父に聞いてみることにする。

手紙の返事はおそらく一週間はかかるだろうから、その間は町の地図とにらめっこをして待つことにした。

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