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異変

 自治体に対し、国立遺産群研究所からの研究職員を派遣する。それは魔法事故や何らかの奇怪な事件が発生した際に行われることで、国が管理すべき重大なインシデント・アクシデントが発生したと同義になる。直近では、西部の町村三つを巻き込んだ大火災が該当するだろう。


 トレン町長は地主一同を招集して、派遣されてきた研究職員を出迎えた。町役場二階の大会議室でトレン町側十名、研究所側三名が長いテーブルを囲む。当然ファルカの姿も、キャナリの伯父ダグラスの姿もあった。

 配布される資料は研究職員が持参したもので、負の遺産についての概要と研究職員が派遣されるに至った原因が記されている。


 地主たちは皆怪訝な顔で文字を追った。国からの専門家派遣ということで張り詰めていた空気は、資料が読み進められるうちに次第に変わっていく。誰かが鼻で嗤い、誰かが唸り声を上げる。どれも地主たちのものだ。町長はこういったことに慣れていないので、対応は地主たちに任せてなんとなく資料に目を通している。


「聞きたいのだが、トレンにある負の遺産とやらに害はあるのかね?」


 声を発したのは北側にある牧羊地の地主タウペだった。比較的若い顔立ちに似合わない白髪交じりの後頭部を掻きながら、思い切り顔をしかめている。これを皮切りに地主たちは次々と思い思いに意見を話し出す。

 ファルカは何も言わず、資料を黙読し続ける。


「確かに。悪い奴が消える、それがどんな害になる?」

「今は鼠の方が問題だ。また作物を喰われてはたまらない」


 次々とあがる声に、二十代の研究職員ヘルマンが答える。


「起こっているのは国で定められた正式な処罰ではありません。罪の大小に関わらず軒並み失踪、生死不明とは無視できるものではない。むしろなぜ今まで報告を上げず放置したのか」


 地主の半数が一笑し、テーブルへ資料を投げる者もいた。その態度にカッと顔を赤らめながらも、ヘルマンは噴火させず嚥下する。ダグラスは予見していた反応の数々に、なるべく小さく抑えたため息を漏らした。会議に出席するより前に姪に会いに行ったのは英断だったかもしれない。

 怒りに震えそうになる声を必死に抑えながら、努めて粛々とヘルマンが資料の補足をしていく。


「ここ数ヶ月の間、この町で観測される魔力消費量が徐々に上昇しています。このままのペースで上昇した場合、年が明ける頃にはヒュパティア条約に定められた消費制限を超過しかねない」


 いかに語尾に力が込められていたかは、敢えて言う必要はないかもしれない。条約違反の可能性を指摘されたことで嘲笑じみた雑談が止む。

 沈黙の中、ヘルマンの言葉に応えたのは地主の一人クレーエ女史だった。ファルカより南の土地を持つ地主だ。クレーエは凛と伸びた背筋と同じように、鋭い目線でもってヘルマンを、研究職員三人を射抜いている。


「それは納涼祭の開催時期に重なるのでは?今年は西の火災があったから移住者、短期労働者も例年より多かった。人口の一時的増加による影響は考慮しているのかしら」


 齢五十を半年後にひかえた女傑は、目元口元の皺と同じ数だけ経験を積んできた。隣に座るファルカは昔からその声を聴いただけで姿勢を正してしまう。直撃を受けたヘルマンはぐっと空気を飲み込んで、体が固まってしまっていた。

 パクパクと声が出てこないまま唇を動かすヘルマンから全員の意識を逸らすように、ダグラスはゆっくり片手を上げてから発言する。


「無論、それも織り込み済みです。町全体の魔力消費量を繁忙期の想定最大滞在人数で割り、一人あたりの魔力消費量平均を算出しました。資料の、十二ページ目ですな。それは魔法力学的製品・サービスの使用率を主都と同一と仮定した場合でも明らかに“多い”とみてよい数値が出ております」


 最先端技術が提供されやすく、研究所もある主都とトレン町では魔力の消費量が全く違う。それなのに一人あたりの消費量が主都より多いとくれば、明らかに異常とみていいだろう。


 クレーエ以外の地主と町長は、改めて資料を手にして十二ページを確認する。ファルカはまだ十ページ辺りを読んでいたので、飛ばして目的のページに目を通す。指摘されたとおりのグラフが載っていた。


「春から夏にかけて、町の平均消費量が二十パーセント増加。しかし推移は一定ではなく、徐々に増加量が増えている。確かに、年明けには町だけで主都の消費量を追い越しかねませんね」


 クレーエは資料も持たず、微笑んで淡々と告げた。ここで地主たち全員の理解も追いついて、ただ事ではないと困惑と不安のざわめきが広がりだす。


 自分にはできそうにない芸当だと、ファルカは読み飛ばしたページに戻りつつ感心した。頼るべきは亀の甲より年の劫とでもいおうか。流石成人から三十年、地主としてトレン町で一番大きな土地を管理し続けた女傑だ。おっかないおばちゃんなのだが、こういう時のまとめ役にうってつけの人だ。

 クレーエの目線がファルカに向く。微笑んでいるのにどこかひんやりとしていて、心の中でおばちゃんと呼んでいることがバレている気がしてならない。ファルカは誤魔化すように微笑み返して挙手する。


「あー……発言してよろしいだろうか」

「ええ、誰も止めませんよ」

「ありがとうございます。研究所の方々の示す疑惑が事実であるならば、僕は早急に調査し手を打たなければいけないと思うのだが。いかがだろうか先輩方」


 二十五歳のファルカは、トレン町の地主で一番の若輩者だ。親から継いで三年になるが、他は少なくても八年経っている。年齢も経験年数も敵わない。一部はファルカが意見を出したことを気にくわないようだが、地主たちとしても対応するべきだとは理解している。渋々ながら同意が幾つも返ってきて、場は調査の方向で進み始めた。


 会議はその後、恙なく終わった。地主たちの意志さえ固まってしまえば、町長は自治体として周知と手配を担うだけで反論はしない。地主たちは魔法の専門知識がないし、未知の部分が多い負の遺産ともなればもっとあずかり知らない事象だ。調査方法は研究職員のいうままに決められていった。とはいえ、町側ができる事はほぼない。調査の邪魔をせず、情報の秘匿をせず、終息の知らせを待つだけだ。


 会議が終わりそそくさと地主たちが帰る中、クレーエとファルカはまだ会議室残っていた。先に動き出したのはクレーエで、持参した資料類を片付ける研究職員に近寄ると優雅に一礼して見せる。

 退室しようとしていたファルカは興味がそそられて、出入り口付近で静止した。


「改めて、これからの調査をよろしくお願いいたします。して、一点宜しいでしょうか」

「ええ勿論、頂いた助け船の分、いくらかお返しできれば良いのですが」


 対応したダグラスに、ヘルマンがぎょっとして顔を向けていた。何か言おうとしているところを、もう一人のヘルマンと同年代の男性が肩を掴んで止めている。彼は研究職員の制服ではなくて、研究所に所属する武装部隊「秩序隊」の制服を着ていた。帯剣こそしていないが、腰のベルトには警棒がぶら下がっている。


「後ほど町長にも進言するつもりですが……この件が解決したとして、嘘嫌いの笛吹きがいなくなったという断言はなさらないでほしいのです」


 研究所の面々が首をかしげる。見かねて、ファルカ声を割り込ませた。


「トレン町の御伽噺ですよ。契約を重んじる嘘嫌いの笛吹は、嘘つきを知るとどこからともなく笛を吹く。悪人にしか聞こえない音色を聞いた嘘つきは、笛に導かれて贖罪の川に身を投げる。罪を認めて償い終われば戻ってきて、認めない、償わないなら川に沈む。そんな内容です」


 トレン町の住人は幼い頃からこの話を聞いて育ち、大きくなるまでに一度は実際に犯罪者が消えるという事件を聞く。御伽噺と事件の両方をもって、トレンは正直者を育ててきたのだ。


「この件が解決した暁には、犯罪者が失踪する事件は起こらなくなるのでしょう?それはつまり、笛吹きが町からいなくなるということ」

「ええ、おっしゃる通りです」

「町民の心根がすぐ変わることはないでしょう。けれど、正直者たらしめていた“実在する御伽噺”が無くなることは、正直である意味の消失になりかねない」


 クレーエの言わんとすることは何となく理解できる。培ってきた倫理観、価値観がどこまで御伽噺を寄る辺にして育ったものなのか、ファルカですらよく分からない。嘘をついたらいなくなるという現象がなくなった町で、どの程度の人が正直者で居続けることができるのか。いままで頼っていた平和の象徴が、国が排する悪しきものだと突き付けられたとき、どう反応するのか。クレーエの懸念はそこになった。


「早ければ数年後には、犯罪者が消えないことに気付く町民は出てくるでしょう。けれどそれまでは、どうか笛吹きを殺さないでくださいませ」

「……元々、我々は調査と解決にあたるのみで、住民へ周知する情報の采配は自治体にお任せしております。終息の後、いや調査中においても、我々が笛吹きの詳細を吹聴することはないと、ここでお約束しましょう」

「ありがとうございます」


 お互いに頭を下げるクレーエとダグラスを見て、ファルカは音を立てずに退室した。

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