伯父、ふたたび
納涼祭が終わり残暑も少しずつ和らぐ季節になると、珍しく伯父から手紙が届いた。内容は夏バテを気遣う言葉から始まって、不便はないかとか、友人はできたかとか、あと家具や生活雑貨は揃えたかとかが便せん二枚にぎっちり書かれていた。
家の中をぐるっと見る。残暑と西日が辛くてようやく取り付けたレースカーテンと、恩人さんが置いて行ったままのスツールが一脚。あとは以前借りた柑橘系果実の育て方の本を、自分用に新しく買い直したもの。まあ……増えたと言っていいかもしれない。お返事には大丈夫よと書いて差し支えないかな。
三枚目には、近々そちらに行く予定だと書いてあった。仕事の一環でもあるけれど、顔が見たいから家に寄らせてもらうと続いている。うーん、これはまずい。宿泊先は町で宿をとると書いてあるけれど、なら私が町に行くからお茶しましょう、では納得してくれないだろう。絶対、物が増えているか確認に家まで来るはず。今からでも無難な雑貨を買いに行ったほうがいいのかもしれない。
悩んでいると、少しだけ開けていた窓の外から馬車の音が聞こえて来た。
恩人さんの馬車とは少し違う音に嫌な予感がして、レースカーテンをどけて外を見る。やっぱりよく来てくれる恩人さんの馬車じゃない。旅行者がよく使う、町のレンタル馬車だ。音は私の家の前で止まって、誰かが降りる音がする。これは観念した方がいい、のだろう。
そう経たないうちに玄関の呼び鈴が鳴ってしまった。心の準備をする時間が短すぎる。一度だけ深呼吸をして、意を決して扉を開けた。
「ま、まあ伯父様。お久しぶり!」
「久しぶりキャナリ、元気そうで何よりだ。……入れてもらえるね?」
目聡い伯父は私の肩から部屋の中を見て、目元の皺を濃くする。私は縮こまりながら扉を大きく開いて、伯父を迎え入れるのだった。
お茶を淹れ、私のスツールに腰かける伯父へ出すと汚れのないキッチンに布巾を滑らせて時間を稼ぐ。奇跡が起きて、恩人さんに甘えて来客用の椅子を用意していないことがバレなければいいのに。
すぐお説教が始まるかと思いきや、伯父は一口お茶を飲むと黙り込んでしまった。引っ越し直後と殆ど変わりない部屋を見渡して、深いため息が一つ零れる。
「……仕方のない子だ。いや、今回は好都合だろうか」
「好都合?伯父様、そういえばどんな用事で来てくれたの?」
伯父は多忙な人だ。家は主都西区にあるけれど、研究所の仕事で世界中を飛び回っていて帰っていることはあまりない。手紙は研究所に直接送った方が速く着くほどだ。
「手紙は届いたかい?研究所の仕事なのだが、その」
伯父は言いよどんで、またお茶を一口飲んだ。目線が合わない。
珍しい態度に、私にも僅かに緊張が走る。布巾を置くと伯父がいるテーブルの向かい側に立って続きの言葉を待った。
「……先人の遺産は知っているだろう」
「うん、伯父様が研究しているものでしょう。村の友人がその学校に入るの」
「そうか……。その、あまり知られていないのだが、遺産には良い物と悪い物があってね。わたしは、その悪い物の方を専門にしている」
この星では人類は何度か滅んでいて、そのたびに沢山の知恵を後世に遺してくれている。先人が築いた文明、叡智、ロマンとロストテクノロジーの塊、それが遺産。私たちは遺産を紐解くことで機械や魔法の技術を発展させてきた。
例えば、この町に来るときに乗った列車。遺産は完全に魔力を動力としていたそうだけれど、今の人類には完全再現ができなかったため化石燃料七割、魔力三割で動いている。
今の人類が活動を始めたのがおよそ六百年前、紀年法が定義されてもうすぐ五百七十年。始めから文明をやり直している人類が不完全ながら六百年前後で列車を動かすに至ったのは、この遺産たちのおかげなのだ。
「結論から言うとな、トレン町にはその悪い遺産が眠っている……いや、活動を続けている」
「……行方不明者のことね?」
伯父は何も言わず頷いた。鞄から一冊の使い込まれたノートを取り出すと、そっとテーブルの上に滑らせて私の目の前に置いてくれる。畳まれた紙がしおり代わりに挟まれていて、その紙にはトレン町について記されていた。何かの本の写しみたいだ。
トレン町は、発生した犯罪数に対する逮捕率が国で一番少ない。基本的に逮捕が成立するのは現行犯の時と、目撃証言が多く三日以内に身柄の拘束ができた場合のみ。後々気付いた犯罪については、基本的に容疑者が町から消えて逮捕ができないで終わっている。
詐欺や金銭未払いを含める契約不履行、窃盗などが起こると、長くても一週間以内には誰かが町から消えている。消えた全員が罪人と確定しているわけではない。盗まれた金品が戻ってくるわけでもない。けれど消えた人は、起こっていた犯罪の容疑者だったり類似の犯罪の前科者だったりするのだ。
犯罪者が消えるのは町民にとって公然の秘密だった。罪を犯すのは、それを知らない外部からの来訪者や移住者ばかり。町民が犯罪に走ることはほぼないので、これまで失踪者が出ることは稀だった。
ここは正直者の町でいる。正直で誠実な者だけが定住できる土地。嘘つきを許さない町。鳥と猫に見張られるから、昼も夜も嘘つきは身を隠せない。昔からそう伝えられてきた。
「開拓地として移住者が増えた頃からあるのね、この話は」
「いいや、開拓が始まる前から、という説もある。人が増えたことで治安が悪化した、だから誰かが刑罰システムを魔法で施した。そう考える研究者もいたがね。それにしては、観測される魔力消費量が少ない。それよりも、地脈に嘘つきを消す魔法が染みついていると考えたほうが自然だった」
負の遺産が取り込んだ嘘つきから魔力を吸い上げるなら、結果的に観測される魔力消費量は少なくて済む。
「だから今回、私が来た」
「最近になって失踪者の頻度と魔力消費量が増えたから。そうでしょう?」
小さな頷きの後に、伯父は天井を仰ぐ。目線がどこか遠くを向いていて、何かに迷っているようだった。その頭に浮かんでいるのであろう事柄には大いに心当たりがある。十年間ろくに会っていない伯父の妹、つまり私の母のことなのだろう。
「キャナリ、お前は素直な子だ。この話が本当にあるものだったとして、お前が対象になることはないだろう。しかし私は不安で、心配で……。この家を気に入っているのはよく知っている。だが可能なら、せめて落ち着くまでは、私の家にでも避難していてほしい」
「……うん、よく考えておく」
伯父との話はここで終わった。
伯父は残ったお茶をちびちびと消費して、その間私は、寝室のベッドを椅子にして伯父のノートを読んでいた。
負の遺産と呼ばれる地脈に焼き付いた過去の魔法は自然発生的な事象だ。解析や抽出が困難で人類の発展に活用することができないが、魔法道具で無理やり剥がして壊すことはできる。星の血管たる地脈にとり憑いた過去の怨霊、マモノとも呼ばれているそうだ。地脈の魔力を浪費する存在でもあるので、癌と言ってもいいのかもしれない。国どころか、世界的に排除するべき事象として扱われている。
発生メカニズムは現在も研究中。ただ魔力保持量の多い人が死ぬときに、何らかの条件をクリアして地脈に魔力と願望を焼き付けてしまうことが要因とされている。
今の内容は、ノートの中程に書かれていてインクも新しい。最後まで読めば、あとは空白のページが続いていた。伯父が態々書いてきたのだろう。私にこうして読ませて、引っ越しの決意を固めさせるためかもしれない。
窓の外に視線を向ける。丁度ハーモニーの木が見えて、大きくなり始めた果実を風に揺れた葉が撫でているのが伺えた。
「冬には収穫なのにね。ミランや店長を連れても行けないし、私だけ伯父様の家に行ってどうするの」
嘘つきへの刑罰なら、私の知人友人は皆平穏でいられるはずだ。調査が終わるまで主都に行ったって、ミランはぶつくさ言いながら手紙を送ってくれるだろう。伯父もその方が安心して仕事に専念できる。それでも、五百年続く町へ今になって伯父が来た理由と、最近になって失踪の頻度が増えた理由が気になった。
会わない間にミランや店長が消えていたらと考えると、背筋に冷たいものが走る。このまま町から離れてはいけない気がした。
静かな寝室にノックが響いて、穏やかな伯父の声が聞こえて来た。
「キャナリ、お茶をご馳走様」
「ええ、伯父様。今行くね」
丁寧に閉じたノートを手に部屋を出る。伯父は「そろそろお暇するよ」と鞄を手にしていた。
ノートを返すと、伯父を見送るために玄関を開けて外へ出る。そろそろ日が傾いてきて、夏の名残を感じる温い風がすり抜けていった。伯父はレンタル馬車の御者席に乗り込むと、慣れた手つきで硝子の馬を走らせていく。その姿が小さくなるまで見送ると、ポストの中身を取り出してから家に戻った。
届いていたのは秋の広報チラシと町民へのお知らせだった。
町の行方不明者総数四十五人。鼠駆除のため来週火曜日から三日間町内に薬を散布予定。豊穣祭中止のお知らせ。
私はチラシをテーブルの片隅に置くと、伯父の使っていたマグカップを洗うために蛇口をひねった。




