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トレン町の納涼祭③

 ミランはぷりぷり怒りながら、迷子センターの椅子を借りて私の髪を結い直してくれていた。近くでは、ミランを呼び止めていた男の人と恩人さん、店長が待っている。男の人は申し訳なさそうだった。


「もうっブレスレットは防犯用だって言ったじゃない。なんで物理的に使うのよ!」

「ごめんなさい。魔法道具なんて殆ど使ったことがないのよ。とっさに思い出せなくて」


 多分、その場にいた全員が信じられないものを見る目で私を射抜いた。迷子センターのスタッフさん含めてだ。村に来た時案内してくれた役人さんも含まれている。

 ちょっと居心地が悪くて身じろぐと、ミランに動かないでと叱られてしまった。


「前いたのは十世帯くらいの村だったから……」

「集落の間違いじゃない?」

「村長がいたから村だよミラン」


 櫛もないのに綺麗に髪を編み直される私に、ミランがハーネスでもつけるべきだったかしらと呟く。冗談だと思いたい。店長も、そんな真剣な顔で悩まないでほしい。


 話題に出たこのブレスレットはどうしようかと考えて、なるべく触らないようにしながら腕から外した。不審者の目を直撃したという事実が、ありがたくもあり気持ち悪くもある。結局ハンカチに包んだ状態でポケットに入れておいて、帰ったら石鹸でしっかり洗うことにした。

 手早く私の髪を整え終えたミランは、満足そうに腰に腕を当てて胸を張る。


「私も想定が甘かったわ、ごめんなさい。貴女のことは見た目どおり、よちよちぴよぴよの小鳥ちゃんとでも思わなくちゃ」

「小鳥ちゃんかぁ」


 名前はキャナリ(カナリア)なので間違ってはいないのだけれど、ミランの口ぶり的に孵りたての雛か、良くても巣立ち前の若鳥だと思われていそうだ。せめてお尻に卵の殻がついていないことを祈りたい。

 店長と恩人さんが同意するように頷いていて、脳内の伯父も頷く。迷子センターのスタッフさんですら数人同じように頷いているのが見えた。唯一苦笑いですませてくれたミランの知り合いは、多分私と交流がないから下手に答えなかっただけだろう。つまり満場一致でわたしは小鳥になってしまった。


 ミランに肩を叩かれて立ち上がると、タイミング良く町役場前の設置時計が音楽を鳴らす。二十時の合図だ。この十五分後からメイン広場ではダンスが始まる。


「さて気を取り直して、私はシュヴァルベとダンスしてくるわ。貴女はどうしたい?」


 シュヴァルベというのは、このミランの知り合いの男の人だそうだ。中肉中背で全体的に柔らかそうな印象をしている。恩人さんといい店長といい、同じ男性でも体系が全く別物だ。

 彼はミランとダンスと聞いて、そのまろい頬を少し赤らめていた。あの時呼び止めていたのは、ダンスに誘っていたのかもしれない。


「うーん、興味はあるけれど、少し疲れてしまって」

「僕と店に戻ろうかぁ?荷物は置いて行っていいけれど、帰るなら靴は履き替えたいだろう?」


 店長はお酒が目的で参加したので、もう帰るつもりらしい。ポケットから鍵を取り出して不敵に笑う姿が怪しさ満点で、私とミラン以外の顔が引きつっていた。アルコールが入っていつもよりテンションが高いみたい。お酒を呑む人は店長くらい節度を持ってほしい。


 初めての納涼祭。最後まで参加できないのは残念だけれど、私は自覚していたよりも疲れてしまっているみたいだった。椅子から立ち上がった足が少し重たい。ダンスを見学に行く気はどうしてもなれなくて、結局店長について行くことにした。


「では、僕が家まで送りましょう。あんな場所まで一人で歩かせるわけにはいかない」


 恩人さんが僕と言うのは初めて聞いた気がする。顔つきも初めて会った時のようにキリリとしていてかっこいい。


「でも恩人さん、そんな」

「我儘は言わないでおくれよピヨピヨの雀ちゃん。蛇に食べられないようにおとなしくついておいで」


 恩人さんの有無を言わせぬ笑顔の圧に黙り込む。私、今度は雀になってしまった。髪色的には雀の方が合っているけれど、言外に金糸雀(カナリア)より丸くて地味だって言われているのかもしれない。


 この後も私の反応を待たずにとんとん拍子で段取りが決まった。ミランたちとはここで分かれて、私と店長はお店に帰る。靴とドレスを着替えている間に、恩人さんはお家の人に馬車を頼み、私の家まで迎えに来てもらう。荷物はそのまま店長に預かってもらい、恩人さんと一緒に家に帰ったら、恩人さんは馬車で自分の家に帰る。

 長い距離を歩かせてしまうのは申し訳ないけれど、片道だけならばと私は渋々同意した。恩人さんのお家の人にも、あとでお礼を用意しなければ。


 先に店長とお店に帰る。ミランと恩人さんは手を振って見送ってくれた。あと迷子センターのスタッフさんも、手を振りながら気をつけてねと声をかけてくれる。小さい子扱いされているようで少し不服だけれど、無視をされるよりはいいかと考え直した。父譲りの童顔と低身長のせいで本当に未成年だと思われている可能性については敢えて気付かないふりをする。


「馬車で直接送らないのは理由があるのかしら(ファルカ)さん。お腹はすいている?」

「たまには運動も必要だろうトビ(ミラン)さん。生憎満腹で、小鳥を食べるスペースはないよ。……今のところはね」


 そんな会話を聞いたのはシュヴァルベだけだったけれど、彼は耳を塞ぎそっとダンス会場に意識を向けることでシャットアウトした。思い人がしっかりとした女性なのは頼もしいことだ。将来尻に敷かれる可能性はあるけれど、それは些細なことだろうと直視を避けた。




 お店のスタッフルームで服を着替えて、予め用意していた手持ち照明を取り出す。この日のために買ったもので、魔力バッテリーで動く、らしい。持ち手近くのボタンを押すと問題なく光ってくれた。明るさも十分だ。私は安心して一度電源を落とすと、しっかり手に持って部屋を出た。


「最近は行方不明者が多い。店長さんも、戸締りにはくれぐれも注意してほしい」

「ありがとぉ。僕を攫うもの好きはいなさそうだけれど、バイトちゃん達のためにもしっかり守るよ」


 もう着いていた恩人さんは、ジャケットを脱いで長袖のシャツ一枚でそこに居た。首元のボタンも一つ外れている。夜とはいえ、流石に暑かったのかもしれない。


 店長に見送られながら店の外に出ると、恩人さんがドアの向こうにいる店長へ視線を向ける。全面ガラスのドアだから、お互いの顔が良く見えた。恩人さんは鍵、と大袈裟に口を動かして、片手でちょんちょんとドアノブの辺りを示す。気づいた店長がガチャンと音を立てて施錠して、迫力に満ちた素晴らしい笑顔とサムズアップを見せてくれた。こちらもサムズアップを返すと、手を振ってから店を離れて歩き出す。


 夜というだけでなく、納涼祭で人が集中した町中は静まり返っていた。そこに二人分の靴音が響く。街灯があるので、まだ手持ち照明の出番はない。

 建物から建物の間を何かがすり抜けていく影が見えた。大きいものではない。それから少ししてくぐもった猫の鳴き声が聞こえて、間髪入れずに爪音が鳴る。そことはまた違う裏路地では、暗がりに浮かぶ二つの光を見た。

 恩人さんがうんざりしたように空を仰ぐ。


「また鼠か。そのうち猫がみんな肥満になりそうだ」

「喫茶店の夫婦も言っていたわ。鼠被害があったって」


 この国の男性は、よく恋人や配偶者を鼠や雀と呼ぶことがある。けれど鼠自体が好きという人は少ないだろう。疫病を運んだり食べ物を駄目にしたり、被る害に憤る人の方が多い。

 二週間前に町長の指示で町の大掃除が行われたと聞いている。鼠が出れば駆除業者も出動するし、ああして地域猫も貢献しているというのに、なかなか目撃情報が減らないそうだ。


「薬が効いたのか、食料等への被害はもうないんだが……。どうにも数が減る様子がない」

「どこか町の外に巣でもあるのかな。私の家では被害はないから、やっぱり町の近くに集中しているのかしらね」


 話している傍から視界の端を小動物が駆けて行った。恩人さんは頭が重そうだ。


「はあ、もう鼠はいい。楽しい話をしよう。納涼祭か、ハーモニーか。どちらがいい?」

「どっちも!ねえ恩人さん、出店のモクテルは飲んだ?私あんなにおしゃれな飲み物初めてで――」


 町を出ると手持ち照明を灯して、生温い風を浴びながら歩き続けた。ここまで来れば鼠の気配がしないので、恩人さんは随分気が楽になったようだった。いつの間にか胸元のボタンをさらに二つ開けて、腕まくりまでしている。やっぱりあの格好は暑かったのだろう。お仕事があったのかもしれないけれど、ちゃんとお水は飲めていたのだろうか。家に着いたら、一杯だけでも飲んでから帰ってもらったほうが良いかもしれない。


 レンガで舗装されているのは町中だけで、家までは平坦で幅が広い土の道が続く。満月ではないけれど、雲がないので月明かりが程よく道を照らしていた。手持ち照明と併せれば問題なく歩くことができる。話していれば一時間はあっという間で、気づいたときには我が家が見えて、目の前に止まる馬車と灯りも確認できた。


「……早いな」

「歩くのが遅かったかしら。あまり待たせていないといいのだけれど」

「いいや、あまり気にしなくていい。俺の部下はせっかちが多いだけだから」


 馬車に近付くと、御者が静かに頭を下げる。恩人さんは短く待っていろと告げると、態々玄関までついて来てくれた。


「今日はありがとう、恩人さん。疲れは大丈夫?お水を飲んでいって」

「楽しかったよ。水はいいから、しっかり戸締りをして寝るように。……まさか、窓は開けっぱなしじゃないだろうね?」


 恩人さんは顔だけを玄関の内側に入れてカーテンがない窓を睨む。きっちりしまっていることを確認すると、鼻を鳴らして姿勢を正した。


「店長さんに話したとおり、最近は物騒だ。なので、君が鍵をかける音を聞くまで俺はここに立っている」


 驚いて顔を見上げた。悪戯っぽい笑顔がそこにあって、心臓が跳ねる。


「俺を早く帰して休ませたいなら、戸を閉じたらすぐに鍵をかけなさい。扉越しに逢瀬を楽しみたいというなら、開けっ放しでも構わないよ」


 かっと顔に熱が上がって、勢いよく扉を閉める。続けて音を立てて鍵をかければ、外から遠慮ない笑い声が聞こえて来た。なんだか、今日は意地悪じゃないだろうか。


「お休み、キャナリさん。よい夢を」

「……おやすみなさい、恩人さん。今日は本当にありがとうっ」


 笑い声と足音が遠ざかる。暫く扉に耳をあてていると、知らない男の人の声がして、それから馬車が走り出した音が聞こえてくる。窓辺に移動して外を見てみると、町の方へ動いて行く明かりが見えた。


 部屋の明かりを灯して、リボンを解く。複雑そうだったまとめ髪はあっけなくほどけた。リボンは少し汗で湿っていて、編み込んだ跡がついて緩くカールしている。きっと髪全体も同じようにうねっているのだろう。


「逢瀬なんて言うなら、髪型くらい褒めてくれたって……。せっかくミランが結ってくれたのに」


 我ながらぶすくれた可愛くない声が出た。その事実に自分自身で驚いて、とっさに口を覆っていた。私は無意識に、恩人さんになにか期待していたらしい。あんなことがあったんだから、褒めている暇なんかない。私のようなちびを、口説くような真似をする訳ない。


 恥ずかしくなってリボンをぐしゃりとまとめて握った。火照った顔をどうにかしたくて、そのままシャワー室に駆け込む。リボンを濯いで汗を落とさないといけないのだあと不審者の臭い息も。あ、私臭いが移ったりしていなかったかなと今更ながら心配になった。

 浮かんだ諸々を流すように頭から冷水をかぶると、開いた脳のスペースに「そういえばお化粧は洗顔で落ちるのかしら」という疑問が浮かぶのだった。

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