18話 鑑定屋にて 後編
「「……」」
アラド達は無言で店主をにらみつけた。
「あはははは」
店主は笑って、笑う。他に選択肢が無いのだ。
「その、良かったじゃないか。最高品質だよ? うん。 全ステータスをワンランク上昇させるなんて、めったにないエンチャンドだよ!? 実に驚きだ。わはははは」
「……あんた、私達のこと騙そうとしてたでしょ」
アーリンは眼光鋭く店主を睨みつけ、手に再び火球を発生させた。
「私達のこと、騙そうとしていたんですか」
温厚なミーシャも、流石に店主の対応には怒りを覚えたらしい。
「わはっ、いや、そんな騙そうだなんて聞こえが悪いことを……そうだ。良かったら今回の鑑定料はタダにしてあげよう。うん。本当なら100G以上はしたのに、実にお得だろう?」
と、店主はそう言う。
「本当ですか?」
アラドは言う。
「……わかりましたよ」
そしてアラドはその店主のサービスで、彼の先程の対応を水に流すことにした。
ミーシャも同じく、すぐに怒りの鉾をおさめたが……一人、アーリンだけは違った。
「ねえ、もしもこの古の名もなき剣を店で売るならいくらの値段をつけるの?」
アーリンは店主に聞いた。
「それは……」
店主は苦笑いを浮かべる。
「どうかなぁ?」
「正直に言いなさいよ」
アーリンが顔を近づけると、店主は怯えて、咄嗟にこう答えた。
「100万Gですっ!」
「へぇー」
アーリンは笑う。が、その目は笑っていない。
「100万Gの品を、30Gで買おうとしてたんだ」
「いえ、その……」
店主の額から、滝のような汗が流れ始める。
「それじゃあこの店のこと、冒険者ギルドの人たちにはっきりと教えてあげないとねぇ♪ ユニーク品を安く買い叩こうとする、ひどい店だって」
アーリンはわざとらしく大きな声で言うと、店主に背を向けて店を出ようとした。
「ちょ、ちょっとまってくださいよ! 冒険者の方たちが来なくなったら、この店はやっていけません!?」
「しょうがないでしょ~? 事実なんだし。私だって、仲間がぼったくられるのは見過ごせないしねぇ」
「そんなぁ……この店は、冒険者の方々しか利用しないんですよ!? そんなことされたら、店がやっていけなくなる」
「そうなんだ。ふーん。でも、ユニーク品を奪おうとしておいて、たった100G程度をサービスされたところで、なんの慰めにもならないって言うか、むしろケチケチしすぎだと思うけどねぇ……」
それでもアーリンは歩みをとめない。
店のドアに手を掛けると、そのまま本当に外へ出ようとしていた。
「わ、わかりましたよ! じゃあ、これを持っていってください! これなら文句ないでしょう!?」
その時、店主は立ち上がって、店の真ん中に展示されていた最高品質品『火鼠の衣』をマネキンから剥ぎ取ると、アーリンに向かって投げつけた。
「ええ? 良いの?」
「……その代わり、この店の悪口は一切無しにしてくださいね」
「もちろんもちろん♪ むしろこの店はとっても『良心的』だったって言っておくよ」
☆☆☆☆☆☆
「全く、とんでもない脅迫だな」
店を出てすぐに、アラドは言った。
「何よ。向こうが悪いんでしょ? 100万Gもぼったくろうとしてたんだから」
「……で、20万G相当の品をもらうのは当然ってことか」
「私がお灸を据えてやらなきゃ、あの店主はきっと他の誰かからぼったくってたわよ。
これは正義の執行。なんにも悪いことはしてないんだから」
アーリンは自慢げにそういうと、火鼠の衣をその場で背中に羽織った。
「うーん……」
そして鑑定屋のショーウインドウに反射した自分を見て、首をかしげた。
どうやら見た目が気に入らないらしい。
「ミーシャ。このマント欲しい?」
アーリンは火鼠の衣を脱ぐと、ミーシャの前に差し出した。
「え? いいのぉ?」
「なんか見た目がボロっちいし、あげる」
「わーい!」
ミーシャはその場で小さく跳ねて、貴重な火鼠の衣を大切そうに羽織った。
それを街の人達に見せびらかすように、大げさに体を左右に振りながら、どんどんと道を進んでいく。
「あーあ、はしゃいじゃって」
アーリンはそんなミーシャの後ろ姿を満足気に見つめていた。
「ふん、優しいところもあったんだな」
「別に? どうせタダで手に入れたものだし。それに、今回のダンジョンでミーシャの装備だけアップデートされないのは可愛そうでしょ?」
「まあな……ん? ちょっと待った」
その時、アラドは、突然立ち止まった。
彼の視線の先にあったのは、街角にある屋台形式の雑貨屋だった。
雑貨屋は菓子類や、本、ポーションなどの様々な品を取り扱う便利な店だ。
アラドは、その店に堂々と並べられていた新聞――グスタボ統一新聞を手にとった。
「なんだよこれ……」
そこに書かれていたのは、つい先日アラドが参加したガルバ山賊団との戦いについての記事だった。
『黄金傭兵団、暴走か!?
敵の本拠地に黄金傭兵団の若手が暴走して突撃。
彼らは返り討ちに遭い、100人以上の命が失われた。
手痛い失敗の影響で、ガルバ山賊団の討伐戦には莫大な遅れが生じ、今も山賊討伐は完了していない。この件について、黄金傭兵団の団長、マイク元帥は「部下に対する管理が行き届いていなかった」とコメントしています。』
アラドの手が震える。
「ちょっと、この記事……」
そのすぐ後ろで、アーリンが背中越しに記事を見ていた。
「違うんだ」
アラドは言う。
「こんなのデタラメだ! 本当は……」
アラドの無いはずの右腕が、うずいた。
死んでいった仲間たちの顔が、そして彼の腕を奪ったガント師団長の顔が、脳裏に浮かぶ。
「……いや、なんでも無い」
アラドは右手側の袖をぎゅっと強く握り、首を横に振った。
――何が管理だ。何が暴走だ。
彼の中で怒りの炎が燃え上がっていた。
にもかかわらず、仲間にその気持を伝えなかったのは、彼なりの仲間に対する思いやりだった。
もしも黄金傭兵団で起きたことを二人に伝えれば、間違いなくアーリンもミーシャも傭兵団に復讐することを提案するだろう。
しかしそれは危険な選択肢。
人生を棒に振ることになるかもしれない、危険な考えだった。
――俺にとっては、復讐よりも仲間のほうが大事だ。
アラドは自らの胸に語りかけて、その怒りを打ち鎮めようとする。
「ねぇ、アラド……大丈夫?」
いつの間にか、ミーシャが立ち止まってアラドの方を見ていた。
「ん……ああ。平気だよ。
それより、ギルドに戻って次の依頼を探さないか?
せっかくランクも上がったことだし」
「いやいや、今日はもう休むべきでしょ?
ダンジョンも攻略したし、金も十分稼いだんだから」
「……あ」
と、その時アラドは空が既にオレンジ色になっていることに気づいた。
「そうだな、うん。今日はもう休むか」
「……やっぱりアラド、ちょっと変だよ」
ミーシャは小さな声で呟いたが、その声は二人には届かなかった。
おまけ
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火鼠の衣
レアリティ:最高品質
タイプ:外套
重さ:軽い
効果:炎属性の攻撃を完全に防ぐ
防御力:10
火鼠というのは、動物ではなく炎を司る精霊の一種である。
文字通りネズミと同じような外見をしているため、外套を作るには膨大な数の革を集めなくてはならない。
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