30.上位クラス
「おい、聞いたか?」
「……おはよう、ノスリ。何ヲ?」
「あ、おはよう。えっと、ああ、昨日の夕方、西部地方にあるアテナイの街にミノタウロスが出現したらしいぞ」
「エエ? ミノタウロスが!?」
「ああ。軍が出動してどうにか倒したらしいが、けっこうひどい被害が出たらしい」
「そんな……」
「あとな、ちょっと前らしいけど大陸の東の海で、クラーケンが出て船が一艘沈められたそうだ。それに、近隣国にも強力な魔獣が度々出現するようになっているってよ。他国のことだから、そこまでニュースにはなってないけどな」
「知らナかった……」
朝、教室に入って席に着くなり、ノスリに教えられたことに私は驚いた。
このドウバ王国と近隣国は比較的、強力な魔獣の出現が少なくて安定していたのに、どうしたんだろう?
「あのさ、それで俺――」
「ああ、コルリ君。ちょっと来なさい」
「え? ハイ……」
ノスリが何か言いかけた時、まだ時間じゃないのに担任の先生が入ってきて私を呼んだ。
何だろう? あれからは何もしていないし、イスカ様たちは相変わらず朝の清掃に励んでるって聞いたけどな。
恐る恐る近づくと、廊下に連れ出され、信じられないことを言い渡された。
いや、予想しておくべきだったのかも。
「今日から、コルリ君は上位クラスに編入することになったから、荷物をまとめて来なさい。上位クラスにはもう君の机とロッカーが用意されているから」
「エ? で、でモ、パートナーが……」
「それはおいおい考える。とりあえずパートナーが必要な時は先生が相手をするそうだから。さあ、準備してきなさい」
「……ハイ」
先生に急かされて、とぼとぼ教室に戻る。
なんとなくノスリの顔を見られなかったのに、ノスリのほうから普通に問いかけてきた。
「ひょっとして上位クラスに移動することになったのか?」
「何デわかったの?」
「そりゃ、わかるだろ。あれから二週間だぜ? 遅いくらいじゃないのか?」
「ノスリは……平気ナノ?」
「平気も何も、予想してたことだしなあ。しばらくはパートナーがいなくなるから不便だけど、まあ大丈夫だろ」
「……そうだネ」
平然とした調子でノスリに言われて、上位クラスに編入することより何よりショックだった。
ノスリと三年以上パートナーを組んできて、解消になるのにたったそれだけ? 不便なだけ?
むうっと不満顔で荷物をまとめる私をノスリは励ます。
「そう心配するなよ。上位クラスには、ほら……ヒバリさんもいるだろ? 大丈夫だって」
「ツグミさん」
「あ、そうそう。ツグミさんだったか」
必要なものだけささっとまとめて、あとは昼休みに取りに来ようと思ったのに、ノスリが余計なことに私のロッカーを開けて中身を取り出した。
「ちょっト! プライバシーは!?」
「はあ? 今さらだろ? 運ぶの手伝ってやるよ。何度も通うの面倒だろ?」
「いらナイ!」
「遠慮するなよ」
「いら――」
『コルリとノスリはケンカしておるのか?』
「あ……ううん。違うよ、ミヤコちゃん。大丈夫」
私とノスリのやり取りに、ミヤコちゃんが心配そうに口を挟んできた。
だから慌てて笑顔を作る。
それからはミヤコちゃんのために、ノスリとは普通に接して、上位クラスまで荷物を運んでもらったけど、納得いかない。
ロッカーに荷物を仕舞い終えると同時に予鈴が鳴って、ノスリはそのまま中位クラスに帰ってしまった。
でも別に、もう話すことなんてないし。
一番後ろに用意された席に着くと、ツグミさんが振り返って手を振ってくれたので振り返す。
まあ、確かにノスリの言う通り、ツグミさんがいるのは心強い。
クラスを後ろからよく見れば、上位クラスは九割以上が男子だった。
どうもこの世界は比較的男性のほうが魔法の力は強いみたい。
中位クラスでも女子は三割くらいだったからね。
だから、軍に配属される女子はとても少なくて、もてるらしい。……それもちょっと悪くないかも。
って、ダメダメ。
今までは平和で、大きな出動なんてなくて、せいぜい魔獣狩りっていう、人間にちょっとした悪さをする魔獣を人里に近い森に狩りにいったりするくらいだったみたいだけど……。
ふとさっきのノスリに教えてもらったことを思い出す。
そこで本鈴が鳴って、先生が入ってきたので姿勢を正した。
この学校では毎朝ショートホームルームがあるわけでなく、いきなり授業が始まる。
だけど、連絡事項があれば、一限目の先生が伝えてくれるから……と身構えていたのに、先生は普通に出欠を取るだけで授業は始まってしまった。
あれ? 新しいクラスメイトだよ、とかって紹介はなし?
なんかちょっと自分が恥ずかしい。
まあ、今まで学期途中でクラス移動する生徒なんて私が知る限りいなかったから、こんなものなのかも。
だけどさっき荷物を持ってクラスに入った時は、すごく視線を感じたな。
うん。やっぱりノスリがいてくれてよかった。
だからあの視線に怯むことなんてなかったし、怒りもあったから気にさえしてなかったんだよ。
荷物を運んでくれたのに、ちゃんとお礼も言っていない。……放課後になったら謝りにいこう。
そんなことを考えながら上位クラスでの初授業は特に可もなく不可もなく。
もっと難しいかと思ってたけど、内容はそんなに変わらないんだね。
「――コルリさん! 同じクラスになれてすごく嬉しいわ!」
「ツグミさん! 私もツグミさんがいテくれてすごく嬉しい。心強いモン」
一限目が終わるとすぐに、ツグミさんが席までやって来てくれた。
ツグミさんの言葉に喜んで返していたら、近くで誰かが鼻で笑った音が聞こえた。
振り返っても誰だかわからないし、何なの?
そう思っていたら、ツグミさんがそっと声を潜める。
「気にしないで、コルリさん。正直に言うとね、今のはコルリさんの発音を笑ったんだと思う」
「エ? そんなに変だタ?」
ちょっと傷ついて、小声ながら余計に変な発音で返してしまって慌てて口を押さえた。
そんな私に、ツグミさんは首を振って否定してくれる。
「違うわ。ただね、このクラスの人たち――もちろん全員じゃないけど、ここの人たちってエリート意識が強いっていうか、ライバル意識が強いの。だから、新しく入ってきたコルリさんのことが気に入らないのよ。たぶん、これから嫌な目にあうこともあるかもしれないから、先に注意しとくわね。けっこう陰湿な人もいるから、もし何かされたら私に言ってね。絶対に仕返ししてみせるわ」
「あ、ありがトウ……」
こ、怖い。上位クラス。
それからは今日これからの授業のことなどを話しているうちに、チャイムが鳴って、ツグミさんは席に戻っていった。
そうか。上位クラスと言えば、学年七クラスある中で、トップの一クラスだけだからエリート意識持つのもわからないでもないかも。
上位クラスのままで卒業できれば、国の機関でかなりいい仕事に就けるもんね。
いわゆる幹部候補生。
そしてその中で、ツグミさんは常にトップだったんだ。
ひょっとして、今の忠告はツグミさんの実体験かも。
だって男子が多いこのクラスで、女子のツグミさんが一番なんだからねえ。
しかも歴代にないほどの力だって言われてるわけで。
そういえば、「仕返ししてみせる」って言った時のツグミさんの顔は、とても輝いていたような……。
うん、気のせい。
そうしている間に二限目が終わってお昼休み。
今までは食堂前で合流していたツグミさんと一緒に行動するのはなんだかくすぐったいな。
「そういえば、次の授業は魔獣生物学だけど、大丈夫?」
「あ、ウン。ミヤコちゃんには近くの木にでも隠れててもらうカラ。今までもそうしテたんだ」
「そう、ならいいんだけど。ミズク先生もしつこいわよねえ? もう校長先生が先に調べていらっしゃるんだから、その調書で満足すればいいのに」
「本当にねえ」
あの事件から二週間。
ミズク先生は私を――というより、ミヤコちゃんを追いかけている。
ミヤコちゃんはミズク先生の授業の時や、気配を感じるとすぐに飛び立ってどこかに隠れてしまうから、今のところは大丈夫なんだけどね。
ちょっと、いや、かなりうざい。
実はあの事件の夜、さあ寝ようって時になって、美少女姿のミヤコちゃんが「訪問者が来るぞ」って警告してくれた途端、私の部屋にあのコボルト――ハクセさんが現れた。
思わず悲鳴を上げてしまったせいで、お父さんやお母さんが駆けつけてきてちょっとした騒ぎになった。
アトリまでもが少し遅れて、お鍋とおたまで武装してやってきてくれたのは笑ったけど。
ハクセさんは無言で私に、ある用紙を渡してくれた。
それには〝使い魔調査書〟と書かれていて、私の名前も記入されていたんだよね。
要するに、長官は私にミヤコちゃんのことを書くように指示しているんだってわかって、ちょっと時間をかけて書いた。
ミヤコちゃんは普段は小鳥の姿だけど、本来は二メートル級の大きな鳥の姿であり、火魔法が得意。
炎を吐いて敵を撃退することもできるけど、今回のように青色の炎を吐いて、相手の……善意を引き出すことができる、と。
そして一番の重要事項に〝性格はいたっておとなしい。害するものが現れない限りは、自ら人間を害することはない〟って二重下線を引いて、ハクセさんに返した。
すると、ハクセさんはあっという間に消えてしまったんだよね。
長官、マジ怖い。ハクセさんに空間魔法をかけたってこと?
しかも夜中に、乙女の部屋に侵入するなんて最低。
翌朝、ノスリにそのことを説明すると「さすが、抜かりがないな」って言っていた。
だけど、ミズク先生は他にも秘められた力があるんじゃないかって、しつこい。
ああ、今まで庇ってくれてたノスリとも離れちゃったし、ツグミさんには迷惑をあまりかけたくないし、面倒臭いなあ。




