29.精霊とか
翌日は、昨日以上に学校で腫れ物扱いだった。
廊下でふざけていた男子が私の腕にちょっと当たっただけで、その男子は「すみませんでした!」って、直角に頭を下げるし。
いや、別にそれくらいで怒りはしないよ。廊下でふざけるのはどうかと思うけど。
いたいけな乙女は傷ついた。
でも、ノスリの言う通り、ツグミさんたちは変わらずに接してくれた。
とはいえ、一部の女の子たちは離れていってしまったけど、元々イスカ様ファンクラブという烏合の衆。
イスカ様がああなってしまった今となっては、集まる必要もない。
というか……。
おかしい。人間は欲がなくなったからといって、あんなにも変わるものなのだろうか。
確かに、支配欲や昇進欲などの欲がなくなると人は謙虚になるのかもしれない。
だけどいくらなんでも……。
朝早く登校したイスカ様とお友達は、昨日言っていた通り、食堂前の広場を掃除していたらしい。
もしかして、欲――欲しいという気持ちがなくなると、逆に与える気持ち――奉仕精神が生まれるのかな?
そして、一限目が終わると、私のところへわざわざやって来て、今までの謝罪をしてくれた。
いや、伯爵家の御子息に頭を下げさせるなんて、他の生徒が引いてますから。
それでさらに、よほどミヤコちゃんが――私の使い魔が恐ろしいのだろうって噂になってますから。
昼休みまでにはこの噂もあっという間に校内に広がり、私は廊下を歩くだけでモーゼばりに道が開けるようになった。
「ああ、もう! この際誰かが『下に~、下に!』とかって言っちゃってくれればいいんだ。ちっちゃな一人ぼっちの大名行列だよ。いや、私ではなく傅かれるのは本来ミヤコちゃんなわけだから、私が言うべきか……。私はミヤコちゃんというお姫様を運ぶ籠! そう、籠になればいいんだ!」
「うん、何言ってるのかわからねえ」
放課後、自習室で今日一日のことを一人で愚痴ってたら、目の前でノスリが突っ込んできた。
大丈夫、現実逃避してるだけだから。
そう思ったのに今までと違って、私の言葉がわかる存在がいた。
『コルリは籠ではないぞ。しかし、なりたいのなら、頑張ってみてもよいが、無機物に変化させられるか……』
「違う、違う! ミヤコちゃん、今のは冗談だから! 私、人間! 人間のままでいたい!」
慌てて否定すると、ミヤコちゃんはちょっと残念そうに首を傾げた。
ああ、本物の小鳥はよくわからないけど、ミヤコちゃんなら仕草一つで気持ちがわかる。
『そうか。せっかくコルリの願いを叶えてやれるかと思ったのに、残念だ』
「大丈夫! ミヤコちゃんがこうして傍にいてくれるだけで、嬉しいから。それが私の願いなの!」
『……我も嬉しいぞ』
ああ、今度は照れてる。ダメだ、可愛すぎる。
まさか小鳥相手にキュン死しそうになる日がくるなんて。
「……コルリ、お前、息遣いやばい。変質者みたいだ」
「ふへっ? ――ちょ、変なコト言うから、変な鼻息が出ちゃったじゃナイ!」
ノスリだって、ミヤコちゃんの言葉を理解できれば、私の気持ちがわかるよ。
ああ、それにしても、それだけの魔法を操れるミヤコちゃんでさえ、言葉という壁は超えられないなんて。
うーん、やっぱり疑問。
「……ねえ、ミヤコちゃん。ミヤコちゃんは今まで話が通じる者はいなかったって言ってたけど……他の高位の魔獣とかも通じないの? それに草木とかは?」
ほら、前世ではよく見た光景なんだよね。
草木やその精霊とドラゴンが会話するシーン。
ミヤコちゃんのトラウマを刺激しないといいな、とためらいながらの質問だったのに、ミヤコちゃんは私のことを残念な子のように見つめた。
そんな! ミヤコちゃんにこんな視線を向けられるなんて!
『コルリ、草木は話したりなどせぬぞ』
「そ、そうなんだね……。その、ゴーレムとかいるから……」
『ゴーレムは精霊が土や岩を操っておるだけだ。土や岩が話したりはせぬ』
「あ! 精霊はいるんだ! 風や火や土の精霊!?」
私たちの魔法は精霊が手伝ってくれてたりとかするのかな?
ようやく私の知ってるファンタジーになってきて、わくわくしながらミヤコちゃんの答えを待つ。
すると、ミヤコちゃんはふうっと深くため息を吐いた。
その小鳥らしくない仕草に、ノスリまでもが不思議そうに顔を上げた。
『コルリ、精霊は精霊であろう。確かに、精霊は土や火を操るが、それはお主たち人間も変わらぬこと。ただ得手不得手があるだけだ。コルリが火魔法を得意とするように、精霊たちにもそれぞれ得意なものがある』
「あ……そうなんだ……」
じゃあ、魔法って何? どうやって発動しているの?
とは思ったけど、ダメだ。きっと説明してもらっても私には理解できないと思う。
『要するに、我にとって精霊も人間も皆同じ。言葉など通じぬ』
「そっか……。ごめんね、変な質問しちゃって」
ミヤコちゃんに嫌な思いをさせちゃったな。
申し訳なくて落ち込んだ私の気持ちを察したのか、ミヤコちゃんは小鳥のようにぴぴっと鳴いて机の上に移動した。
まさか気を使わせちゃった?
『だがまあ……正確に言えば、我にも言葉が通じるものはおるぞ』
「そうなの!?」
『うむ。おそらく他のドラゴンとは言葉が通じるはずだ』
「他にもドラゴンがいるの!?」
『いや、知らぬ。出会ったことも、その存在を感じたこともない』
「そっか……」
『しかし、世界は広いからな。我も以前の旅で全てを見て回ったわけではない。どこかにはおるかもしれん。それに、グリフォンとは、話ができぬこともなかった』
「グリフォン!?」
うわ! 本当にいるんだ! 確かに、この世界でも名前は聞いたことがあるけれど、実際に見たことがある人はいないって言われてるんだよね。
ただ伝承が残っているだけ。
確か、グリフォンが守る黄金を狙ってサイクロプスが集団で襲ったって。
そして長い闘いの末に、黄金を守り抜いたそうだ。
人間を時折襲うサイクロプスをやっつけたってことで、グリフォンは王侯貴族にも愛されていて、魔獣というより聖獣として、どこかの国の王族の紋章にもなってるって聞いたな。
どこの国だったかなあ……。
『だが、あやつは欲深くて好かぬ。誰もあやつの黄金など狙っておらぬのに、近づくだけで威嚇してきおった。我には力で敵わぬ小物のくせに、愚かである。そもそも、あやつの黄金も元はサイクロプスたちから奪ったものであるのに。まったく……』
「え……グリフォンの黄金って、元はサイクロプスのだったんだ……」
『うむ。サイクロプスが集めたものであった。とはいえ、それもまた人間やトロール、ドワーフから奪ったものであるがな。あれはどこのあたりだったか……確か、スビアナ山脈と人間が呼んでおるあたりだったか……』
「あ! ノルデン王国だ!」
『む? 何のことだ?』
「うん、あのね。グリフォンの伝承が残るのはノルデン王国だったなって思い出したの。スビアナ山脈の麓に広がる北の大国だよ」
『ほう、そうか』
グリフォンを嫌ってるらしいミヤコちゃんには言えないけど、ノルデン王家の紋章がグリフォンだった。
たぶん、人間にとってはサイクロプスをやっつけてくれたことで、グリフォンを神格化したんだろうなあ。
でもその実は、何て言うか……知りたくなかった魔獣の裏事情。いや、知ってよかったのかな?
「またゆっくりミヤコちゃんが旅した時の話を聞きたいなあ」
『うむ、いつでも――今でもかまわぬぞ。そうだな、東の大陸へと旅をした時には、麒麟と名乗るものにも出会った』
「麒麟!?」
待って待って。私は知っているけど、この世界――いや、この大陸では知られていないと思う。
はるか東に海があって、その向こうにも大陸があるっていうのは、授業で習ったけど。
うわー、なんか感動。
「麒麟はどんな感じだったの?」
『あやつは我のことを〝小僧〟と呼んだのだ。確かにあやつのほうが幾分かは長く生きておるのかもしれぬが、失礼なことこの上ない。我の方が力は圧倒的に上であるにもかかわらずだ』
「ええ! それはひどいねぇ。ミヤコちゃんはこんなに綺麗で可愛くて素敵なのに、〝小僧〟だなんて……。麒麟は見る目がないんだよ」
『ふむ。コルリはそう思うか?』
「うん、絶対そう思う!」
『そうか……』
麒麟は確か、鳳凰と一緒で雌雄どちらかのはずで、知識の霊獣とかって言われてもいるけど間違いだね。
こんなに可愛いミヤコちゃんを小僧呼ばわりするなんて、意地悪だ。
私がぷりぷり怒っていると、ミヤコちゃんはちょっと嬉しそうに頷いた。
やだ、何これ! 可愛いんですけど!
きっと、ミヤコちゃんなりに気にしてたんだな。
我慢できなくなって、私はミヤコちゃんを左手でそっと握ると、頬ずりした。
『これ、コルリ! くすぐったいではないか!』
「だって、ミヤコちゃんが可愛いんだもん。ミヤコちゃんは、すごく優しくて、すごく可愛くて、私はミヤコちゃんが大好き。大切な私の友達なんだ」
『……うむ。我にとっても、コルリは大切な友達である。だから今なら、あの小生意気な白澤にも言ってやれるぞ。我にも友達ができたと』
「え? 白澤?」
『うむ、コルリは知らぬか?』
「う、ううん。噂で聞いたことはある」
『そうか。あやつは人語を理解できるからと、我に自慢してきおったのだ。しかも、我に目が二つしかないことを馬鹿にしおったのだぞ?』
「ええ? それはひどいよ。だって、ミヤコちゃんは目が二つで十分だもんね? 三つも四つもあったって必要ないじゃない。必要ないものを持ってたって無駄なんだから」
『うむ。我は二つの目で十分なのだ。それで満足しておる。それに、今ではコルリだけではなく……ノスリも友達である。しかも……お兄ちゃん、お父さんやお母さん、アトリやセッカがいておばあちゃんまでいる。我には家族がいるのだ』
「うん! そうだよ! ミヤコちゃんには家族がいて、ノスリも友達だもん! 今度会ったら自慢したらいいよ! ――ね、ノスリ。ノスリはミヤコちゃんの友達だモンね?」
「お? おう。もちろんだ」
いきなり話を振られたノスリは、驚いて課題から顔を上げたけど、すぐに笑顔で頷いてくれた。
その笑顔はミヤコちゃんに向けられている。
「ノスリも、もちろんミヤコちゃんは大切な友達だって言ってるよ」
『うむ。我はもう退屈していないのだ。友達がいて、家族がいるからな』
「うん!」
たとえ言葉が通じても、心が通じないとちっとも嬉しくないんだってことはよくわかった。
だからミヤコちゃんと出会えたことは、私にとってはすごく幸せなこと。
ミヤコちゃんにも同じように幸せだって、ずっと思ってもらえたらいいな。
それにしても、今日聞いた話はとてもびっくりで、おもしろかった。
きっとノスリもこの話は喜ぶと思うから、あとでちゃんと教えてあげようっと。




