28.伝達魔法
学年主任の先生に連れられて入った教務室。
さらにその奥にある部屋に入るように促されて、私は慄いた。
ここって噂でしか聞いたことのない防魔室――別名、説教部屋。
「あノ……」
「悪いが、その肩の魔獣についてしっかり説明してもらうよ。その魔獣は新種じゃないかね? 魔獣生物学の先生にも立ち会ってもらうから、君は先に入って待っていなさい」
「……はい」
うう、そうだよね。
ミヤコちゃん、新種の魔獣にしちゃおう計画は最初の案でもあるし、それで押し通すか。
それにしても、あのままだったらきっと私は混乱していたと思う。
だから、ノスリにいったんあの場から引き離されてよかった。
どうにか冷静になれたから。
灰色の壁に囲まれた窓のない部屋の明かりを魔法で灯した先生は、私とミヤコちゃんを残して出ていった。
何だろう。この不安感を煽る部屋は。
「はあああ」
『コルリ、この部屋から出るか? ここはちっぽけな魔法遮断の術をしておるようだが、我の枷にはならんぞ』
「ううん、大丈夫だよ。ミヤコちゃん、ありがとう。閉じ込められてるわけじゃなくて、ここで先生とお話するの。そのために待っているだけだから」
『ふむ、そうか。ならばよい』
深くため息を吐いた私をミヤコちゃんが心配してくれる。
本当なら、ミヤコちゃんに人間を攻撃しないでって頼むべきなんだろうか。
きっとミヤコちゃんなら素直に了承してくれる。でもそれは、ミヤコちゃんを縛ることになってしまうよね。
もしその言葉に縛られてしまって、自分の身を守れなかったら本末転倒だ。
ゆっくり、ゆっくり。ミヤコちゃんが私の感情に振り回されないで、ミヤコちゃん自身が考えて一緒に生きていけるようになったらいいな。
うん、頑張ろう。
これから先生に何を言われるかわからないけど、冷静に対処して停学でも退学でも甘んじて受ければいい。
いっそのこと、退学でもいいかも。
そうすれば、軍に入らなくてもいいし、どこか別の所に働きにでて、家にお金も入れられるし。
このまま上位のクラスになってノスリともパートナー解消になるなら、退学という道も魅力的に思えてくる。
この事情聴取で、一方的に私が悪かったことにしようか。
イスカ様にふられた腹いせとか?
ああ、でもそれはなんとなく癪にさわる。
そうこう考えているうちに、学年主任の先生が戻ってきた。
だけど、その顔には困惑が浮かんでいる。
あ、魔獣生物学の先生は授業中で手が離せないとか? 確か四年の下位クラスが授業だったはず。
「コルリ君、もう授業に戻っていいぞ」
「え? では放課後デスか?」
「いや……校長先生から伝達魔法で先ほど連絡があった。君のその使い魔については、校長自らが許可を出していたそうだね? それならそうと早く言ってくれれば手間をかけなかったのに……」
学年主任の先生の言葉は、最後の方が愚痴めいていたけれど、私はただ驚いてちゃんと返事ができなかった。
傍から離さないほうがいいとは言われたけれど、使い魔だなんて一言も出なかったよね?
ノスリじゃないけど、長官は――校長先生はいったいどこまで知ってるの?
やだ、怖い。
勝手に頭の中を覗かれている気分。
ミヤコちゃんになら、覗かれても平気なんだけどねえ。
「今回のことはイスカ君から、ゴミ箱を倒したイスカ君の代わりに君がゴミ箱を直した。と聞いたが間違いないかね?」
「……はイ。ただその時のイスカ様の態度に腹を立てテ、この子をけしかけて脅してしまいマした。すみませんでしタ」
「まあ、それは褒められたことじゃないが、イスカ君たちも非を認めて謝罪していたし、不問にしよう。ただし、今回だけだぞ」
「ハ、はい!」
「ああ、それと、校長先生からの伝言だが『その新種の魔獣の名前を訊くのをすっかり忘れていたので、教えてほしい』そうだ。何と言うんだ? もう名付けたのか?」
「エ? あ、えっト……ふ、フェニックスです!」
「〝フェニックス〟? ……ふむ。なかなかいい名前だな。では、そのように校長先生には伝えておこう。あとは……魔獣生物学のミズク先生だが、かなり興味を持っていたようだったからな。いくら校長先生が調査を終えているとはいえ、あのミズク先生からは逃れられないと思っとけよ。今は授業中だからいいが……まあ、頑張れ」
「エエえ……」
「さあ、ここはもういいから、授業に戻れ。あと少しだからってサボるなよ」
不穏な言葉を残して、学年主任の先生は去って行ってしまった。
ミズク先生は変わり者だと有名だ。うー、困ったなあ。
とにかくノスリに相談しよう。
って、最近は頼りっぱなしだ。今度何か奢ってあげよう。
そんなことを考えながら、教室からかすかに聞こえてくる先生の声以外はしんとした廊下を進み、自分の教室の前に立つ。
授業途中に教室に入るのって緊張するよね。
でも先生に釘を刺されたし……。
仕方なく後ろのドアからそっと入ったつもりだったけど、みんなの視線が一斉に向いた。
うう、つらい。
それなのに先生さえもすっと目を逸らして、何事もなかったように授業を続けた。
えええ、マジいたたまれないんですけど。
それからたいした時間も経たずに終業のチャイムが鳴った。
相変わらず腫れ物な空気の中で、ノスリが「ここじゃ落ち着かないから」と言って、学校を出る。
自習室はいつ邪魔が入るかもしれず、ひとまずはうちに帰ることになった。
「よかったラ、晩御飯食べてイッテね」
「いや、今日は外出届出してねえから、話が終わったら帰るよ」
「そっか、残念……」
ノスリと他愛ない会話をしながらも家に帰る途中は、すごく視線を感じた。
やっぱり肩に小鳥を乗っけてるから?
ミヤコちゃんはちょっと派手だから目立つしねえ。
帰宅するとお母さんも晩御飯にノスリを誘ってたけど、同じ答えが返ってきて残念そうだった。
アトリとセッカはさらにひどかった。
そんな双子たちは美少女姿になったミヤコちゃんと別の部屋で遊んでもらって、私の部屋で今日のお昼からあったことを全部ノスリに説明する。
「……なるほどな。それであいつら……イスカ様とやらの様子がおかしかったのか」
「なんか気の毒なコトしちゃった気がするんだケド……食欲と睡眠欲があれば生きてはいけるよね?」
「そうだな。それにあいつらにはいい罰になったと思うぞ。伯爵家の息子のほうは次男だし、卿士のほうも確か弟がいたはずだから、跡継ぎにも問題はないだろう」
「え? まさか、性欲がなくなるト子供もつくれナイの!?」
「し、知るかよ! ただ可能性で言っただけだよ!」
「そっか、三大欲っていうくらいだもんネ……。性欲って大事なんダ……」
「お前なあ……」
「何?」
「い、いや……問題はそこじゃなくてだな。ミヤコちゃんのことだろ?」
「うん、そうだっタね」
イスカ様たちの心配をしている場合じゃなかった。
ミヤコちゃんがただの小鳥じゃなくて、魔獣だって――しかも新種の魔獣で力も強いって知られたことが重要だ。
これからどうするべきか。
「ひとまず、ミズク先生からは逃げナイとダメな気がする。あの先生って、変わり者って有名だけど、詳しくは知らないんだよねえ」
「ああ、あの先生なあ。なんでも研究室で弱い魔獣を捕まえては怪しげな実験をしてるとかって聞いたな」
「ええ? ダメじゃん、それ! ミヤコちゃんを実験になんて利用させないよ!」
「それはたぶん大丈夫だろ。いざとなれば、ミヤコちゃん自身にあの先生からは逃げろと伝えておけばいい。たぶん危害を加えず逃げることなんてミヤコちゃんにはお手の物だろ?」
「そっか、そうだね」
ミヤコちゃんには明日学校でミズク先生の顔を教えて、もし何かあったら逃げるようにって伝えないと。
その時は先生をできるだけ傷つけないようにとも、お願いしないとだな。
うーん、でも傷つけるっていう境目がよくわからない。
今日のイスカ様に関してはあれでよかったのか、正直なところまだ疑問だし、難しいなあ。
そんなことを悩んでいると、ノスリはさっさと話題を変えてしまった。
「それよりも、コルリは街での視線に気付いたか?」
「ああ、やっぱり肩に小鳥乗っけてると目立つからかなあ?」
「馬鹿だろ、お前。そうじゃなくて、もうミヤコちゃんのことが伝わってるんだよ」
「エエ!?」
「おそらくだけどな。最初はドラゴンに攫われたコルリのせいかとも思ったんだけど、今の話を聞いて確信した。物珍しさってのもあると思うけど、怯えた視線もあったし、ミヤコちゃんが新種の魔獣だって、魔力の強い人たちに知られたんだと思う。それもけっこう強い力を持っている魔獣だって」
「ど、ドド、どうしよう!?」
「どうしようもねえだろ。これに関しては、あの爺さんを恨むとともに、感謝しないとだろうな」
「……爺さんっテ、魔法長官?」
「ああ、俺の予想だけど、学校への伝達魔法はおそらく解放伝達だったんだ。あの爺さんなら内密伝達だってできるはずなのに」
「ええ……」
解放伝達っていうのは、スピーカーでお知らせするようなもので、ある程度の魔力がある人なら内容を聞き取ることができる。
内密伝達っていうのは、電話みたいなもので、一定の相手にしか内容を伝えられない。
なかには盗聴魔法なんてものもあるらしいけれど、それはもう私には関係ない魔法だから詳しくは知らない。
「えっト、どうしてそんなコトを?」
「いずれミヤコちゃんのことは知られることになるだろ。あれだけの生徒の前でミヤコちゃんは力を使ったんだ。しかも未知の魔獣の姿になって、未知の力を使った」
「うん……」
「だからこそ、あの爺さんは早々に解放伝達で自分がコルリの後ろにいるって伝えたんだよ。爺さんがどうやって今日の事件のことを知ったかは謎だけど、もうその辺は気にしても仕方ねえ。ただあの爺さんのお陰で、この国の魔法使いたちはもうコルリに手を出せない。それは王家を敵に回すようなもんだからな。昨日のあの謁見も無駄じゃなかったってことだよ」
「そこまですごいコトになってたなんテ……」
「あの爺さん、先見の力もあるのかもな。だがまあ、これでコルリの安全はひとまず確保されるだろう。ただな、どこにでもはみ出し者はいる。ミヤコちゃんがいるから大丈夫だろうが、――いや、むしろミヤコちゃんを狙ってお前に害をなそうとする者もいると思う。そのことを考えて、これから少しは周囲に気をつけるようにしろよ」
真剣な表情でそう告げると、ノスリは立ち上がった。
言われたことを理解するにつれ、緊張してきたけれど、顔には出さず笑顔で見送る。
玄関でノスリはお母さんに大量のパンを持たされていた。
「まあ……ちょっと不安にさせたかもしれないけど、大丈夫だよ。お前にはヒガラさんだって、俺だって、友達の……ヒバリさんだっけ? みんながお前の味方だからな」
「……ありがトウ、ノスリ。でもヒバリじゃなくテ、ツグミね。ツグミさん」
「そうか、悪い。とにかく……みんないるんだ。それにミヤコちゃんだってな。えっと、フェニックスだっけ? かっこいい名前だと思うぞ」
「ノスリ……」
「あとは、ミヤコちゃんの力をどの程度に設定するかだ。それは一晩考えて、また明日決めようぜ」
「わかっタ」
ノスリは「じゃあな!」といって、両手いっぱいの荷物を――ほとんどはパンだけど、持って帰っていった。
そうだね、心配ばかりしても仕方ない。
警告はしてもらった。あとは前向きに頑張るしかないね。




