31.魔獣退治
午後からの授業が終わってすぐに、中位クラスに行ってもノスリはいなかった。
もう自習室に行ったのかもと、いつもの自習室に行ってもいない。
何か用事があったのかなあと思いながら、また明日でいいやと家に帰った。
これからは上位クラスだし、「あいつは使い魔だけだ」って馬鹿にされないようにしたいから勉強しないと。
お昼休みに聞いた話では、やっぱりツグミさんは妬みからの嫌がらせをけっこうされたらしい。
しかもパートナーからさえ!
驚いた私たちに「今はもう実力を納得してもらったから、大丈夫よ」って答えたツグミさんの笑顔が怖かったのは内緒だ。
そして翌朝。
私は真っ先に中位クラスに行ったんだけど、ノスリはまだ来てなくて、他の男子に「コルリさんはクラス違うだろ。間違えてますよー」って嫌みったらしく言われたので諦めた。
今までろくに話しかけてこなかったくせに、人の失敗は笑うんだ。
もちろん間違えたわけでもないけど、腹立つ。
言い返して発音を笑われても嫌だから、睨むだけにしといた。
そうしたら、すごく怯えちゃって。馬鹿馬鹿しいの!
ちょっと苛立ちながら、上位クラスの教室に入ると、しらっとした空気が流れる。
うわー、何だろう。この殺伐とした空気。私に対してだけ? それともいつもこんな感じ?
中位クラスはもう少し挨拶が交わされてたよ。
「おはよう、コルリさん」
「ツグミさん、おはよう。……あの、このクラスっテ、いつモこんな感じ?」
「まあね。だから三年間はけっこうきつかったわ。それでイスカ様ファンクラブに入れてもらったの。本当はイスカ様はどうでもよくて、ただ女子同士わいわいしたかっただけって言ったら、怒る?」
「まさカ! あれはあれでスゴく楽しかったし、今もこうしてツグミさんと仲良くなれたんだモン。ツグミさんが入ってくれテよかった。ありがトウ」
「よかったわ。このクラスの女子もどちらかと言うと、ご家族や出身の村などの期待を背負っているのか、みんな気負いすぎててなかなか打ち解けられないの」
そう言って微笑むツグミさんはとても綺麗。
話し方も上品だし、詳しくは知らないけど、良家のお嬢様なのかな?
でもそれなら、寮に入って学校に通ってるのも不思議だし……まあ、いいか。
一限目の授業はパートナーが必要な内容で、私は先生と組んだ。
これって、体育の時間の柔軟体操とかでよくある悲しい光景。うう、ぼっちだ。
ツグミさんは今のパートナーと解消して私と組みたいと、先生に申し出るとまで言ってくれたけど、それは無理だよ。
実力が違いすぎるもんね。
「お疲れ様、コルリさん。先生と組むなんて、やりにくかったんじゃない?」
「うーん。気は遣ったケド、やりやすくはあったヨ。ベテランだからカナ?」
「それはそうね。でも今のままでどうするのかしら。コルリさんが入ったことで、人数が奇数になってしまっ――」
「どうしたノ? ツグミさん?」
休み時間になって、ツグミさんと話していると、いきなりツグミさんははっとして窓の外を見た。
何かと思ったけれど、特に何もない。
クラスの中の男子が一人、さっとやって来て窓を開ける。
他にも数名が窓の外をじっと見つめていた。
何? 何なの?
「……また魔獣が発生したらしいわ」
「え?」
「今、解放伝達で伝わってきたの。マンティコラがフェーチの街に出現したって」
「フェーチの街!? ここカラそんなに離れていナイよね!?」
「そうね。馬を飛ばせば二日くらいかしら。フェーチの街は背後に大きな山があるから、そこから下りてきたのかも。それにしても、マンティコラはとても狂暴な魔獣だし、今までよく出現しなかったわよね……。とにかくフェーチの街と近隣の街に避難命令が、王都へは軍の応援要請が出ているわ」
フェーチの街に知り合いはいないけど、でも他人事とは思えない。
だって、マンティコラは確か人肉を好むって……。
上位クラスはさすがというか、ツグミさん以外にも解放伝達を聞き取ることができるんだ。
あっという間にクラスに広がって、教室内がざわつき始める。
『どうした? 何か困ったことでもあるのか?』
「あ、うん……あのね、フェーチっていう街でね、マンティコラっていう魔獣が出現して今大変なんだって。被害が少ないといいんだけど……」
『ふむ。……そうだな。どうやらそれなりの力を持ったものが暴れているらしい』
「え? ミヤコちゃんはわかるの?」
『普段は何かとうるさいので遮断しておるが、注意を向ければ聞こえる。それでコルリは困っておるのか?』
「困っているっていうか……心配かな。やっぱり人に被害は出てほしくないから。マンティコラってかなり狂暴なんだって」
『では、我がコルリの心配を取り除いてこよう。昼までには戻ってくるゆえ、コルリは授業とやらを受けておるがよい』
「え? ミヤコちゃん!?」
ミヤコちゃんは私の話を聞くと、ひょいっと肩から飛び立った。
そして教室をくるりと一周する。
「ミヤコちゃん、ダメだよ。危ないから!」
『コルリは我を甘く見ておるな。心配はいらぬ。でもそうだな、戻ってきたらあの特製エピは全部もらってもよいか?』
「そんなの、いくらでもあげるから! ミヤコちゃん! 待って!」
まさか、マンティコラを倒しにいくってこと?
私の心配を取り除くってそういうことだよね?
制止する私の声は遅かったのか、ミヤコちゃんは男子が開けた窓からひゅっと飛び出していった。
小さく羽ばたいて、一瞬きらりと輝き、次に見た時にはもうフェニックスの成鳥になって飛んでいく。
「コルリさん、ミヤコちゃんはどうしたの!?」
「たぶん……マンティコラを倒しに行ったノ……。私が不用意に心配だっテ言ったカラ……。どうしよう、ミヤコちゃんに何かあっタら……」
「そんな……マンティコラって個体によっては厄災認定されてもいいくらいなのに?」
ツグミさんの言葉に余計に心配になってしまう。
確かにミヤコちゃんはドラゴンだけど、フェニックスになっている今はどれくらいの力なんだろう?
もし、マンティコラのほうが強かったら?
それともドラゴンに戻って、みんなに恐れられたら、ミヤコちゃんは傷つくんじゃないかな。
ああ、それよりもフェニックス姿のミヤコちゃんを軍が攻撃したら?
次々に不安が押し寄せて涙がこみ上げてくる。
だから不用意に発言しちゃダメだって、自分に言い聞かせてたのに。
そんな私を見てか、ツグミさんが私の手を強く握った。
「ごめんなさい、コルリさん。不安を煽ってしまって……。でもきっと大丈夫よ。魔獣は本能で自分より強いものを嗅ぎ分けるっていうから、もし敵わないようなら、ミヤコちゃんだって挑んでいったりしないわ。それにミヤコちゃんは空を飛べるんだから、逃げることだってできるでしょう?」
「ツグミさん……」
「ミヤコちゃんを信じて待ちましょう。ね?」
「……うん」
ミヤコちゃんの飛び立った姿と、私たちの会話を聞いたからか、クラス中が先ほど以上にざわついていた。
みんな好き勝手なこと言ってる。
たかが使い魔にマンティコラを倒せるはずはない、とか、フェニックスとやらの実力がわかるぜ、とか。
いい加減にしてほしい。ミヤコちゃんは本当はドラゴンなんだから。
そう言いたいけど、ぐっと我慢する。
こんなことなら、ミヤコちゃんにいざとなったらドラゴンに戻っていいってちゃんと言っとけばよかった。
先日約束した通りの〝炎しか吐かないフェニックス〟のままで戦うってことはないよね?
不安な気持ちのまま、授業が始まる。
だけど私は教科書も開かないで、じっと窓の外を見つめていた。
先生に一度注意されたけど、何て答えたのか覚えていない。
たった一限。それでもすごく長く感じる。
ミヤコちゃんはお昼までには戻るって言ったから。
今日のお昼はミヤコちゃんのための特製エピだもんね。
本来、うちのお店ではベーコンを入れて焼くエピだけど、特別にオレンジピールを入れて焼いたお父さん特製エピは、ミヤコちゃんの大好物。
ミヤコちゃんが無事に戻ってきたら、食堂でアップルジュースも買おう。
きっとすごく喜んでくれる。
私が前向きに考えていると、いきなりツグミさんが立ち上がった。
先生もびっくりしていたけれど、ツグミさんはそのまま私の席まで駆けてくる。
「コルリさん! マンティコラが倒されたって!」
「え……」
「突如空から現れた虹色の大きな鳥が吐いた炎が、マンティコラを焼き尽くしたんだって! そのまま鳥はすぐに引き返していったって、解放伝達で言ってる! 虹色の大きな鳥ってミヤコちゃんのことだよね!?」
「ほ、ほんトうに……?」
「本当よ! 今も解放伝達で何度も言ってるもの! この魔法使いもすごく興奮しているみたい。信じられないって! もうすぐミヤコちゃんも無事に帰ってくるわ!」
「――よかった……」
安堵のあまりまた泣きそうになって、両手で顔を覆う。
そんな私の肩を優しく抱いてくれているのはツグミさん。
周囲では、同じように解放伝達を聞いた男子が「一撃だったみたいだな」とか「あ、長官が虹色の鳥はフェニックスと呼ぶんだって言ってる」とかって話してる。
少しずつ落ち着いてきて顔を上げると、先生はいなかった。
ツグミさんが「もう自習だって言って、出ていっちゃった」って笑いながら教えてくれる。
そうだね、こんなにみんなが興奮してたら、授業にはならないもんね。
そこに二限目を終えるチャイムが鳴って、同時に綺麗な鳴き声が外から聞こえてきた。
「ミヤコちゃん!」
急いで窓へと近づき開けると、遠くから飛んでくる虹色の大きな鳥。
無事に帰ってきてくれた! よかった!
そのまま私目がけてミヤコちゃんは勢いよく飛んでくる。
って、待って! その姿じゃ窓にぶつかっちゃう! と思った瞬間、ミヤコちゃんはきらりと輝いて小鳥の姿に戻った。
そして器用に開いた窓から教室内に入り、一度旋回してからふわりと私の肩に止まった。
『約束通り、お昼には間に合ったであろう』
「――うん。おかえり、ミヤコちゃん」
『うむ。ただいま、である。では、我はお腹が空いておるので、エピを所望するぞ』
「もちろんだよ」
教室内がわっと湧いている中で、いつもと変わらないミヤコちゃんの態度に、泣き笑いで答えていた。
もう、本当に心配したんだからね。




