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不思議の国のダレカ  作者: なちも


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14 女王の招待状11 お茶会

(ああ…どうしよう…)


接見の作法もさっぱりだが、茶会の作法も同じくらいわからない。


お目付役か何かだろうか。

背筋の伸びた綺麗な姿勢でしれっとたたずむ白兎に何も期待できないことは、ここまでの間にすっかり悟った。


回廊では兎の足が早すぎて小走りになっていてもお構いなしで、背を追うこちらは息は上がるは汗ばむは、実にひどい目にあわされた。

その上、着いたら着いたで、心構えやら振る舞い方やら全部すっ飛ばし、身支度を整える暇もなしにいきなり女王の前に放り出されたのだ。もはやありえない。


女王は女を見て数度瞬きしーーーたぶん呆れられたのだと女は思っているーーー『カテーシーも知らぬのでは、御前に接見は向かぬな』と真顔で断定され、女王手ずから手首をむんずとつかまれバルコニーに引っ張り出され、今に至っている。


首を切られなくて本当に良かった。

いや、それも時間の問題だろうか…。


「賓客のもてなしは女王の務め。そう固くなるな。気楽に楽しむがよい」


自分がどんな顔になっているのかちっともわからないが、とにかく「はい」と頷く。


薔薇模様の細かい刺繍飾りがされたレースのテーブルクロスがかかっていても艶々しているのがわかるほどよく磨かれたテーブルの上に、美しいとしか言いようのないケーキスタンドが用意されている。

女王と差し向かいであることを除けば座り心地も完璧な赤いベルベットの椅子は、テーブルと合わせて昔風のしつらえだ。


真っ赤な断面と白い砂糖のフィリングが交互になったストライプのケーキ。

真っ赤なバタークリームを薔薇の形に絞ったカップケーキ。

薔薇の蕾の砂糖漬け。

花びらが浮いた深紅のジュレ。

墨のように黒いパンのサンドイッチや同じく黒いタルト生地のキッシュ。

パウダーで薔薇が描かれたブリュレ。

チョコレートが滴るザッハトルテは艶々したドレンチェリーや金箔で飾られ壊れやすい宝石のようだ。


退廃的な様相の豪華で繊細な茶菓子の数々を見るうち、少しだけ意識が緊張感からそらされ、毎日が晩餐会かと思うような双子の食卓とは全然違う洗練されたテーブルセットに無意識に小さく感嘆の息がこぼれる。

その絶妙なタイミングで、今度はティーセットを乗せたワゴンを押して現れたメイドにわぁと目を丸くした。

懐かしさと、久しぶりに人の手がかかったものが口に入る喜びに自然とテンションが上がり、口元がほころぶ。


「御前にも馴染みある流儀のようだな」


思わずじっと手元を見てしまって、女王の微笑ましいものを見るような眼差しに恥ずかしくなる。


「ここでは、お茶を入れるんですね」


取り繕うように口にして、なんとも言いがたい安堵感に潤みそうになった目を誤魔化すように女は笑った。


「我の個人的な道楽だ。メアリー・アンに入れさせても出るに任せても味はさして変わらぬが、趣向が気に入っている」

「ルイスに入れさせていたときは、味も香りも毎回少しずつ違っておったものだが…。まあこれにそこまでは望むまいよ」


給仕された鮮やかな赤い水色の紅茶から薔薇の香気が立ち上る。


「御前もルイスのように茶を入れることができるか?」


ふと思いついたように水を向けられて、女は慌てて「いいえ!」と首を横にふった。

紅茶なんてティーパックか茶葉でも適当に湯を注ぐくらいしかしたことはない。

英国紳士であっただろうルイス・キャロルと比べたら月とスッポンよりもっととんでもない。

絶対まずい。そうに決まっている。


(首がとぶ未来が見えるようだわ…!)


とても飲ませられない。絶対に。


「なんだ。つまらぬな」


言葉ほどつまらそうでもなくクスクスと笑う女王を見ていると、ただの無邪気な少女のようにしか見えない。


ケーキはどうしたらいいのだろうかと考えていたら、メイドが皿に適当に盛って取り分けてくれた。


(ええ…っと、カトラリーは奥からだったと思ったけど、この場合どうなのかしら…?)


ジュレやブリュレはスプーンで食べたいが、ケーキはフォークで食べたい。

サンドイッチは手づかみで大丈夫だろうが、キッシュはどうなのだろう? ナイフとフォークを使うべきだろうか?


女王は女が作法がわからずに困っているのに気づいていたのだろう。


「気にせずお食べ。どうせ我と御前しかおらぬ。私的な茶会だ」


言うが早いか、砂糖漬けをひとつ指先でつまむと、そのまま形の良い唇へ押し当て口に含んでしまった。


「陛下!」


白兎の非難がましい声にも悪びれなく肩を竦める。


「構わぬだろう。これは我国の住人のようでいて、少しもそうではないようではないか」

「御前に聞こえておらぬとは言わせぬぞ、兎。これには鼓動がある。ルイスと同じ世界から来た客人だ」


「鼓動というものは、本当に似た風に脈打つのだな」「実に興味深い音色であることよ」


みんなそうだろうとたじろいで首を傾げた女に、「この不思議の国では違う」と女王はつまらなそうに言った。


「我らに鼓動はない。胸の音は皆ーーーああ、いや双子は同じであったかーーー大方皆異なる。あざなえる時間が異なるが故にな」

「御前達の世界では、異なる時間を過ごしながら、鼓動と言って同じように時を刻むのであろう?」


実に興味深い。

言いながら指についた砂糖をちろりと舐め、女王は紅茶を含んだ。


「あの…陛下はどうして私を招待してくださったのでしょう?」


まさか茶会に呼ばれたわけでもないだろうとおずおず問えば、「それは我の知ることではない」と応えられて頭の中が白くなる。


「え?」


「我は一度でも謁見を許した民衆の顔を違わぬが、御前の顔は知らぬ」

「御前は書状に招かれたのだ。我が御前を知らぬは道理」


言葉に頭が真っ白になる。


(女王は、私を知らない…?)


それでは一体何をしにここまで来たのだろう?


女は呆然と女王を見た。


どうしたらいいのかわからない。


「案ずるな」


女王は言った。


「変わり映えのせぬ顔触れに飽いておったところよ。予期せぬ珍客は我も歓迎するところだ」


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