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【連作短編027】 迷い猫 全10話 ―夜の街に、名前のない者たちがいる―  作者: macchao


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第五話 傷:小さな傷に残された、五つの命の記憶

第五話「傷」をお読みいただきありがとうございます。


今回は、子猫の耳に残された小さな傷から、ハルたちが過去に隠された出来事へ近づいていきます。


傷は、ただの跡ではなく、そこにいた命の証でもあります。


ハルが向き合う「見逃した過去」と、今救おうとしている命。

小さな猫たちの物語を、最後まで見守っていただければ幸いです。

 子猫の耳の傷を、ハルはもう一度見た。


 ユキの耳にも、同じ位置に小さな欠けがあった。同じ高さ、同じ角度。偶然ではない傷だった。


「これ、見て」


 ハルが言うと、ユキは自分の耳に触れた。


「気づいてなかった」


「同じ場所だ。お前と、この子」


 ユキは長く黙っていた。


「噛まれた跡、かもしれない」


「誰に?」


「わからない。でも――同じ誰かに」



 集会で報告すると、テンが先に反応した。


「同じ個体に噛まれた傷は、間隔が一致する。測ってみたが、二匹ともほぼ同じだ」


「何の意味がある」


 ジジが聞いた。


「運ばれるとき、同じやり方で口に咥えられた跡だ」


 集会が静まった。クマが、いつもより長い間を置いて言った。


「咥えて運ぶのは、親猫のやることだ。それか――」


「それか」


「逃がす役目の猫だ」



 ハルはロクを探した。今度はハルの方から、橋の下で待った。


 夜半過ぎ、ロクが現れた。


「二匹の傷、同じ間隔だった」


「知っている」


「お前が運んだのか」


「ああ」


「二匹とも?」


「ああ」


 ロクは、それ以上の説明をしなかった。ハルも、踏み込まなかった。聞けば、ロクが何年分の夜を、同じやり方で運んできたかが、見えてしまう気がした。



 ユキが、橋の下の毛布の隅で、もう一つ別の匂いを見つけたのは、その翌晩だった。


 布ではない。爪で引っかいたような、浅い跡だった。


「ここにも傷がある」


 ハルが覗くと、毛布の裏に、小さな引っかき跡が並んでいた。一つ、また一つ。数えると、五つあった。


「五匹分か」


 テンがつぶやいた。


「ユキとこの子で、二匹。残り三匹は、まだ――」


 誰も、その続きを言わなかった。



 夜明け前、ハルは一匹で橋の下に残った。


 十年前、自分が見逃した一匹の傷を、思い出そうとした。だが、もう思い出せなかった。模様も、声も、何も残っていなかった。


 残っていたのは、見逃した、という事実だけだった。


 ハルは橋の下の毛布を、そっと畳んだ。次に誰かが使うときのために。

第五話「傷」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。


今回は、猫たちの身体に残された小さな傷を通して、「残された記憶」について描きました。


言葉を持たない命でも、傷や匂い、残された痕跡には、その時を生きた証が残っています。


ハルが十年前の後悔を抱えながら、それでも今目の前にいる命を守ろうとする姿を、これからも見守っていただけると嬉しいです。


次回も、ハルたちの物語をよろしくお願いします。

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