第五話 傷:小さな傷に残された、五つの命の記憶
第五話「傷」をお読みいただきありがとうございます。
今回は、子猫の耳に残された小さな傷から、ハルたちが過去に隠された出来事へ近づいていきます。
傷は、ただの跡ではなく、そこにいた命の証でもあります。
ハルが向き合う「見逃した過去」と、今救おうとしている命。
小さな猫たちの物語を、最後まで見守っていただければ幸いです。
子猫の耳の傷を、ハルはもう一度見た。
ユキの耳にも、同じ位置に小さな欠けがあった。同じ高さ、同じ角度。偶然ではない傷だった。
「これ、見て」
ハルが言うと、ユキは自分の耳に触れた。
「気づいてなかった」
「同じ場所だ。お前と、この子」
ユキは長く黙っていた。
「噛まれた跡、かもしれない」
「誰に?」
「わからない。でも――同じ誰かに」
*
集会で報告すると、テンが先に反応した。
「同じ個体に噛まれた傷は、間隔が一致する。測ってみたが、二匹ともほぼ同じだ」
「何の意味がある」
ジジが聞いた。
「運ばれるとき、同じやり方で口に咥えられた跡だ」
集会が静まった。クマが、いつもより長い間を置いて言った。
「咥えて運ぶのは、親猫のやることだ。それか――」
「それか」
「逃がす役目の猫だ」
*
ハルはロクを探した。今度はハルの方から、橋の下で待った。
夜半過ぎ、ロクが現れた。
「二匹の傷、同じ間隔だった」
「知っている」
「お前が運んだのか」
「ああ」
「二匹とも?」
「ああ」
ロクは、それ以上の説明をしなかった。ハルも、踏み込まなかった。聞けば、ロクが何年分の夜を、同じやり方で運んできたかが、見えてしまう気がした。
*
ユキが、橋の下の毛布の隅で、もう一つ別の匂いを見つけたのは、その翌晩だった。
布ではない。爪で引っかいたような、浅い跡だった。
「ここにも傷がある」
ハルが覗くと、毛布の裏に、小さな引っかき跡が並んでいた。一つ、また一つ。数えると、五つあった。
「五匹分か」
テンがつぶやいた。
「ユキとこの子で、二匹。残り三匹は、まだ――」
誰も、その続きを言わなかった。
*
夜明け前、ハルは一匹で橋の下に残った。
十年前、自分が見逃した一匹の傷を、思い出そうとした。だが、もう思い出せなかった。模様も、声も、何も残っていなかった。
残っていたのは、見逃した、という事実だけだった。
ハルは橋の下の毛布を、そっと畳んだ。次に誰かが使うときのために。
第五話「傷」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、猫たちの身体に残された小さな傷を通して、「残された記憶」について描きました。
言葉を持たない命でも、傷や匂い、残された痕跡には、その時を生きた証が残っています。
ハルが十年前の後悔を抱えながら、それでも今目の前にいる命を守ろうとする姿を、これからも見守っていただけると嬉しいです。
次回も、ハルたちの物語をよろしくお願いします。




