第四話 餌:償いは言葉ではなく、残された餌に宿る
第四話「餌」です。
今回は、名前を持たない子猫と、それを見守る猫たちの話です。
言葉にできない過去や後悔は、時に小さな行動として表れるのかもしれません。
ハルたちの静かな時間を、どうぞお楽しみください。
倉庫の子猫は、名前を持っていなかった。
ユキが聞いても、答えなかった。鳴き方さえ、忘れているようだった。
ハルは三日続けて、倉庫に通った。魚を一匹ずつ運んだ。何も言わず置いて、何も言わず帰った。
四日目の朝、骨だけが残っていた。並べ方が、几帳面だった。
*
「お前がやってるのか」
集会で、ジジが聞いた。
「ロクのやり方を真似てるなら、意味がわかってやれ」
「意味って何だ」
ジジは答えなかった。代わりにゴロが言った。
「償いは、聞かれて答えるものじゃない」
それだけだった。誰も、それ以上は聞かなかった。
*
五日目の夜、ハルが倉庫に着くと、ロクがいた。
今度は逃げなかった。箱の前に座り、ハルが運んできた魚を一瞬だけ見て、また子猫の方を見た。
「お前が、餌をやっていたのか」
「ずっと」
「なぜ」
ロクは答えなかった。長い沈黙のあとで、ようやく言った。
「この子は、前にもいた子と、同じ模様をしている」
「前の子、というのは」
「お前が、気づかなかった子だ」
ハルは動かなかった。動けば、何かが崩れる気がした。
「同じ模様、というだけか」
「それだけだ」
ロクは目を逸らした。
「それだけで、十分だった」
*
ユキが倉庫に来たのは、その翌晩だった。
子猫はユキを見ると、初めて鳴いた。短く、一度だけ。ユキは何も言わず、隣に座った。
「思い出した?」
ハルが聞くと、ユキは首を振った。
「ううん。でも――この子のことは、知らなくても、隣にいられる」
それだけで足りる、という言い方だった。ハルはその先を望まなかった。
*
帰り道、テンが追いついてきた。
「ロクの匂い、また変わった」
「どう変わった」
「焦りの匂いが、少し減った」
ハルは黙って歩いた。自分の匂いも、何か変わっているのかもしれない、と思った。確かめる方法はなかった。
橋の下を通るとき、ハルは足を止めなかった。今までは、必ず一度立ち止まっていた場所だった。
止まらずに歩けたことに、自分でも少し驚いた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第四話「餌」では、ロクの抱えていた過去と、ハルが少しずつ変わっていく姿を描きました。
償いや後悔は、言葉にして伝えることが難しいものです。
けれど、誰かのために何かを続けること、その姿そのものが想いになることもあるのではないかと思います。
名前のない子猫が、これからどんな場所を見つけていくのか。
そして、ハルたちが過去とどう向き合っていくのか。
次回も見守っていただけると嬉しいです。




