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【連作短編027】 迷い猫 全12話 ―夜の街に、名前のない者たちがいる―  作者: macchao


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スピンオフ 骨:名前のない猫が、待っていた夜のこと。

「迷い猫」スピンオフです。本編未読でも読めます。ロクという猫の、十年前の話。

 その猫は、名前を呼ばれたことがなかった。


 隣の縄張りの連中は、ただ「お前」と言った。それで十分だった。呼ばれる理由がなかったから、名前もなかった。



 取り壊しの貼り紙が出たのは、夏の終わりだった。赤い印が、壁の高いところに貼られていた。読める者はいなかったが、印の色が知らせていた。


「道は、もう作ってある」


 灰色の大きな猫が言った。後ろ足を少し引いて歩く癖のある猫だった。


「いつ通ればいい?」


「呼ぶ。来たら、迷わず歩け」


 それだけだった。約束というほどの言葉ではなかった。それでも、十分だった。



 待つ夜は、長かった。


 倉庫の隙間から見える月は、毎晩少しずつ形を変えた。変わらないのは、隅に積んだ魚の骨だけだった。灰色の猫が運んでくるものを、その猫は几帳面に並べた。同じ向きに。一つずつ。


 誰に見せるためでもなかった。ただ、並べていないと、何か大事なものが崩れる気がした。



 その夜、機械の音が、いつもより近かった。


「来るぞ」


 声がしたのは、塀の外からだった。灰色の猫の声だった。いつもより、かすれていた。


 その猫は立ち上がった。骨を並べ直す時間はなかった。


 穴の前に着いたとき、灰色の猫はそこにいなかった。


 待った。


 機械の音が、また近づいた。


 まだ待った。


 声は、来なかった。



 次に灰色の猫が穴の前に戻ってきたとき、もうそこに、その猫の姿はなかった。


 灰色の猫は、しばらく穴の前に立っていた。それから、隅に並んだ骨を見た。


 崩れていなかった。誰も、それに触れていなかった。


 灰色の猫は、骨を一つ、向きを変えずに、そのまま残した。



 十年後、別の倉庫の隅で、同じ向きに並んだ骨が見つかったとき、それを見つけた者は、誰もそのことを知らなかった。


 灰色の猫だけが、その並べ方を覚えていた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

本編「迷い猫」では匂わせるだけだったロクの過去を、当事者側から描きました。名前のない猫の話なので、名前はつけませんでした。

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