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【連作短編027】 迷い猫 全10話 ―夜の街に、名前のない者たちがいる―  作者: macchao


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第十話 脱出:間に合え、その一歩。

 ユキが穴に入ると、声は届かなくなった。


 ハルは穴の前で待った。重機の音が、さっきより近く聞こえた。


「動いたぞ」


 ジジが言った。


「まだ動いてない。音だけだ」


 テンが言った。だが、その声も、いつもより硬かった。



 穴の中で、ユキは進んだ。配管は、思っていたより長かった。


 途中で、何かに触れた。冷たい、動かないものだった。一瞬、息が止まった。


 だが、それは古い布だった。誰かが、ここに敷いたものだった。


 その先に、五匹目がいた。動かなかった。だが、息はあった。とても浅く。


「五番目」


 ユキが呼んだ。返事はなかった。


「五番目。お願い、聞いて」


 わずかに、耳が動いた。



 外では、重機が一度、低く唸った。


「来る」


 クマが言った。


「まだ早い」


 ロクが言った。声が、初めて大きくなった。


「まだ、中に二匹いる」


 人間の作業員が一人、機械の方へ歩いていくのが見えた。


 ハルは、考える前に動いていた。


「行くな」


 ロクが止めた。


「人間に近づくな。お前まで、運ばれる側になる」


「動かなければ、間に合わない」


 ハルは答えた。十年前と、同じ言葉を、別の意味で使った。



 ハルは、作業員の足元を横切った。


 驚いた声がした。機械の音が、一瞬止まった。猫が一匹、突然現れただけで、人間は止まる。それだけで、十分だった。


 その間に、ユキが穴から出てきた。五番目を、口で挟んで。


 全員が、何も言わずに見ていた。



 明け方、橋の下で、五匹が並んだ。


 ロクは少し離れた場所に立っていた。


「全員、見つかったな」


 ハルが言うと、ロクは頷いた。


「次は、もうないと思っていた」


「次は、あるかもしれない」


 ハルが言った。


「あったら、今度は一緒にやる」


 ロクは、何も言わなかった。だが、初めて、目を逸らさなかった。



 倉庫は、その週のうちに取り壊された。


 猫たちは、別の場所に新しい道を作った。名前を持たない者たちは、少しずつ、誰かに呼ばれるようになっていった。


 ユキは、まだ自分の名前を選んでいなかった。


「決めなくていいのか」


 ハルが聞くと、ユキは橋の下を見て言った。


「ここにいる間は、これでいい」


 ハルは、何も聞かずに、隣に座った。

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