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【連作短編027】 迷い猫 全12話 ―夜の街に、名前のない者たちがいる―  作者: macchao


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12/12

外伝 橋:名前を渡した猫と、名前を受け取った猫の話。

「迷い猫」本編完結後のスピンオフです。

ロクと、五番目と呼ばれていた猫の、ある夜の話を書きました。

本編未読の方にも楽しんでいただけると思います。

 倉庫が消えた場所に、しばらく何も建たなかった。


 空き地には、重機の跡が四角く残っていた。雨が降ると、その四角だけ水が溜まった。



 ロクは、その四角を見に通うようになった。


「何しに来てるんだ?」


 ハルが聞くと、ロクは水溜りから目を離さなかった。


「何も。ただ、なくなったのを確かめたい」


「なくなったのは、もう知ってるだろ」


「知ってるのと、確かめるのは、違う」


 ハルは、それ以上聞かなかった。



 五番目は、橋の下に残っていた。


 名前はまだなかった。誰かが呼ぶときは、そのまま「五番目」だった。本人も、それで構わないようだった。


「呼びにくくないか?」


 リンが聞いたことがある。


「呼びにくいのは、呼ぶ方の問題でしょう?」


 五番目はそう答えた。それきり、誰もその話をしなくなった。



 ロクが橋の下に来るのは、夜が深くなってからだった。


 五番目は、いつもロクが来る少し前に目を覚ました。足音より先に、何かで気づくようだった。


「来るの、わかるの?」


 ユキが聞くと、五番目は首を振った。


「わからない。でも、目が開く」



 ある晩、ロクが魚を運んできた。いつものように、何も言わず置いて、帰ろうとした。


「待って」


 五番目が言った。ロクが初めて、足を止めた。


「名前、つけてくれる?」


 ロクは長く黙っていた。


「俺がつけていい名前じゃない」


「じゃあ、誰のなら、いい?」


 ロクは答えなかった。前足の爪が、土を一度引っ掻いた。それだけだった。



 翌晩、ロクは来なかった。


 その次の晩も。


「逃げたのか?」


 ジジが言った。


「逃げたんじゃない」


 ゴロが言った。


「考えてるんだ。あの猫の考える時間は、長い」



 十日目の夜、ロクが現れた。


 前足には、何も持っていなかった。魚も、布も。


「名前、まだいいか?」


「いいよ」


 五番目が言った。


「ロクだ」


 ロクが言った。それだけだった。


「自分の名前を、くれるの?」


「俺の名前は、もう要らない」



 五番目――いや、もう五番目ではなくなった猫は、しばらく黙っていた。


 それから、初めて、自分から名乗るように言った。


「ロク」


 声に出して、自分の名前を確かめるように。


 ロクは、その響きを聞いて、何も言わなかった。だが、橋の下を出ていくとき、足取りが、いつもより軽かった。



 空き地の水溜りは、次の雨でまた満ちた。


 誰かが、そこに小さな魚の骨を一つ、几帳面に置いていった。


 その置き方を知っている猫は、もう、橋の下にいた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ロクがどこへ向かうのか、自分でもまだわかっていません。

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