父の温かさ
デメナに言われ、ペルセは父を見つめる。
やはり、マールほどには見えない。まだ初対面で、そこまで親しくないからだろうか。
クロニオスはデメナを睨みながら、まだ文句を言い続けている。だが、その奥からは確実な揺らぎが見えた。
温かくて、落ち着く揺らぎだ。
雰囲気や声こそ怖いが、内側はかなり優しい雰囲気だ。
「…お父さん、私に会いたかった?」
ペルセの問いに、クロニオスは錆びた機械のような動きで、ゆっくりとペルセの方へ顔を向けた。
クロニオスは即答できず、しばらく唸り続けている。
そんなに、難しい質問だったのか。
「クロニオスさん」
デメナが低い声で、クロニオスを呼ぶ。何だか、笑っていた先ほどとは少し雰囲気が違う。
ペルセも思わず、デメナの方を見てしまった。その表情は、真面目そのものだった。
「もう、ごまかし続けるのは辞めませんか?私とペルセさんのやり取り、見られてたでしょう?あれを見て、父だから拒む、というのがあり得るとでも?」
デメナは諭すように、しかし逃さないように言い放つ。声は冷たいが、デメナの奥に見えたのは、クロニオスへの強い願いがこもった感情だった。
父。
自分にとっての育ての父は、オーレンだった。それは、間違いない。
だが、目の前にいる実父も、ちゃんと自分を受け入れてくれる。奥からわずかに覗く感情から、それは伝わってきていた。
何よりーーー母を受け入れて、父を拒絶する理由なんて、どこにもなかった。
「…お父さん。私…お父さんとも…ううん、『パパ』とも、お話したいよ」
このパパという言葉も、ハイーラの教えだ。
それを言われたクロニオスは、完全に固まった。
しばしの静寂が訪れる。
それに耐えきれなくなったのか、デメナが静かに噴き出した。
「…客観的に聞くと、破壊力スゴいですよね、その言葉」
「え?…そ、そういうもの?」
パパとママという言葉。これらは、そんなにスゴい言葉なのか。
デメナにもクロニオスにも、想像を絶するほどに効いたのは間違いなかったから、実際効果てきめんではあったのだろう。
クロニオスはなおも固まったまま、動かないでいる。眼前で手を振っても、反応してくれない。
「…やれやれ」
デメナは呆れたようにため息をつくと、クロニオスの頭を引っ叩いた。
何だか、ハイーラがマールにやってるような、雑な扱い方と重なる。
この二人、夫婦として長い付き合いがあるのか。
それが今の一瞬で、少し見えた気がした。
「ってぇな!?何しやがる!!」
「いつまでフリーズしてるんですか。娘からのお願いですよ、ちゃんと応えてあげてください」
文句を言うクロニオスに、デメナはため息をつきながら返している。
クロニオスは舌打ちをすると、改めてペルセの方へ向き直った。その表情は、先程よりもどこか柔らかい。
「…話なんざ、いくらでもしてやる。いくらでも、聞いてやる。だから…もっと、甘えろ」
クロニオスはそう言いながら、ペルセの頬にそっと、手を添えてきた。
ーーー大きな手だ。自分の顔を、すっぽり覆ってしまいそうなほどに大きい。オーレンとは大分違う手だが、何だか安心する。
「…クロニオスさん。ペルセさんを、抱っこしてあげては?」
「何でそうなるんだよ」
デメナが何か思い付いたように、突然言い出した。
クロニオスはそれに不満気だ。
抱っこ。
オーレンからは荷物のように抱えられたことも何回かあるが、抱き上げられた経験は、今までになかった。
ただ、あんな丸太のような腕を持つクロニオスなら、できそうではある。
どんな感じなのか、やってみたくはある。
「何で俺が…」
「これは、お父さんにしかできないですよ」
頭を抱えるクロニオスに、デメナはまだ笑いながら煽っている。
別に、ペルセも嫌ではなかった。




