最後の要件
「さて…こんなところですわね」
イアノはそう言いながら、机のうえに出していた資料をしまう。
何だか、どっと疲れてしまった。だが、これでようやく話が終わる。
そう思うと、ハイーラの口から安堵のため息が漏れる。
「…さて、実はあともう一件、お話がありますの」
しかし、イアノのその一言で、再び場が緊張する。ハイーラもマールも、思わず背筋を伸ばす。
一体、これ以上何があるというのか。
キーアの処分、アンドレイスへの処罰。もう、ハイーラですらお腹いっぱいだ。
不安に思いつつ、イアノを見つめる。
イアノは静かに、マールの膝の上にいるペルセに、目を向ける。
「…ペルセちゃん」
「んぇ?」
呼ばれると思ってなかったのか、ペルセは何だか間抜けな声を出した。
幻影刑の話をされた時は怯えていたが、マールに頭を撫でられ、甘やかされた結果、かなり落ち着いている。
ーーーマールの手には、癒し効果でもあるのだろうか。色々なことがありすぎて、そんな下らないことがハイーラの頭をよぎった。
「大したことではありませんわ。ペルセちゃん、また私とサトゥニアに行きましょう?」
「いつもの鍛錬!?」
イアノの優しい声に、ペルセが歓喜の声をあげる。そのままの勢いで、イアノに再び突撃した。
ーーー忙しない。けど、それが子供っぽくていい。
この反応を見る限り、サトゥニアでの鍛錬は、ペルセにとって疲弊はするが、楽しい時間であるようだ。
だが、あんな重苦しい空気で言うことではない。何か、裏があるはずだ。
「…イアノさん、一体何が?」
ハイーラの口は、自然と動く。
イアノは、自身に今にも飛びついてきそうなペルセを優しく抑えつつ、ハイーラの方を見た。
「実は、魔王サトゥニア様から今日中に町へ直接連れてきてほしい、ということを厳命されておりまして」
「え…謁見、というわけではなく?」
「詳細は私も…。ただ、魔王様に直接お会いする、という話ではありませんでしたわ」
イアノは少し、困ったような笑みを浮かべる。
サトゥニアからの呼び出し。以前にもあったことだ。
だが、何だか今回のは、回りくどい呼び方だ。
直接会いたいわけではないのに、サトゥニアの町へ来い、というのは、何だか変だ。
一体、どういうつもりなのか。
だが、ペルセの耳にそんなことは入っていないようで、イアノとサトゥニアへ行けることが嬉しいようだ。
「お姉ちゃん!!早く行こう!!」
「…まぁ、いつもより帰りが、少し遅くなるかもしれません。面倒は私がきちんと見させていただきますので、ご心配は無用ですわ」
ペルセがイアノの服を軽く引っ張っている。もう、待ちきれないようだ。
イアノはペルセの頭を軽く撫でつつ、ハイーラへ軽く会釈し、玄関へと向かい始めた。
「…分かりました」
イアノにペルセを預けるのは、もう何度目か分からない。だから、そこの心配はしていない。
しかし、サトゥニアへの呼び出しの中身には、どうにも引っかかる。
とはいえ、ペルセが嬉しそうであるなら、そこへ何か言うのも野暮だ。
ハイーラは一息つくと、ペルセが離れてしまって手持ち無沙汰になってしまったマールの頭を引っ叩いた。
「いったぁ〜…!何すんの〜!?」
「何ボーッとしてんの。お客さんがお帰りよ。見送らないと」
マールは少し不満そうだが、このくらいの扱いで十分だ。そこは、昔も今も、変えるつもりはない。
ハイーラが立ち上がるのと同時に、マールも渋々立ち上がった。
「…行ってらっしゃい、ペルセ」
「行ってきまーす!」
ハイーラが手を振ると、ペルセはイアノと手を繋ぎながら、もう一方の手をハイーラに向けて大きく振った。
ハイーラはそのまま、玄関の扉が閉められるまで、手を振り続けていた。




