支え続けた淫魔の本音
光が落ち着いてくると、見慣れた自分の家が視界に入る。
出かける前と、何一つ変わらない。
ハイーラは躊躇うことなく、家の扉を開けた。
電気は点いておらず、室内は真っ暗だ。
マールとペルセは、どこにいるのか。
そう思いながら視線を巡らせると、寝室の方から微かな物音がした。
その音を辿り、寝室の扉を開ける。
そこには、ベッドでうつ伏せになっているペルセと、その横で優しくペルセの背中を叩くマールがいた。
「…マール」
「あ〜、お帰り〜」
マールはやっぱりいつも通りだ。間延びした調子で、こちらに話しかけてくる。
よく見ると、部屋が散らかっている。床には、玩具が散乱していた。
「私と遊んでたら、力尽きた〜。だから、寝かしといたよ〜」
「…せめて、仰向けにしてやんなさいよ」
マールの説明に呆れながら、ペルセに寝返りを打たせる。
最初の頃より、少し重くなっていた。
ーーー最近、ペルセの体も、年相応にふっくらとしてきている。
寝顔も、完全に無防備な、可愛い子どものものだ。
「…マール。ちょっと、話があるの。リビングにでてこれる?」
「ここじゃダメなの〜?」
マールは不満そうだ。大方、疲れてるから動きたくない、とかそんなところだろう。
長い付き合いだし、そんなのはお見通しだ。
「ダメ。ペルセちゃんには絶対聞かせたくない」
「ぐっすり寝てるから大丈夫だよ〜」
「万が一があるでしょ。移動するわよ」
「ちぇ〜」
ハイーラはそのまま、マールの返事も待たず、先にリビングへ向かう。
背後の気配からして、マールは渋々ついてきてるようだ。
しかし、話をするといったものの、どう切り出すか。
歩きながら、ハイーラは悩んでいた。
知らせるべき内容なのには違いない。しかし、切り出し方を間違えれば、マールが壊れてしまいかねない。
だが、取り繕ったところで、恐らくマールには見抜かれる。マールもそこまで鈍くはない。
ーーーどうしたものか。
そんなことを考えていると、マールが口を開いた。
「ハイーラ〜、困った時はとりあえず結論からだよ〜」
思ったより長い時間、考え込んでいたようだ。
…やはり、見抜かれている。何で悩んでいたかも含めて。
「…じゃあ、結論から言わせてもらうわよ」
「どうぞ〜」
ハイーラは、マールの方を見る。マールは相変わらず、眠そうな目をこちらに向けている。
「…キーア一味は、一人残らずバルディさんに捕縛されたわ」
その瞬間、マールの肩がピクリと動いた。
わずかながらに、マールの瞼も上がったような気がする。
「…それだけ〜?」
「それだけ…って…」
ああ。
いつもこうだ。
マールはいつも、他人には気を遣う。
なのに、自分を軽視する。徹底的に。
分かっていた。それなのに。
ハイーラの感情が、一気にあふれ出てしまった。
「あんたを…脅かしてきた連中は…もう、いないのよ…!!」
声が震える。
油断すると、何だか泣きそうだ。
もう、自分でも止められない。
「ずっと、苦しかったんでしょう…!?もう、気にしなくていいの!!あんたはこれから、アスティアノで堂々と暮らせるの!!私と、ペルセちゃんと!!」
感情がぐちゃぐちゃだ。自分でも、何が言いたいのか、分からなくなってきた。
それでも、ハイーラの口は勝手に次の言葉を紡いでいった。
「ペルセちゃんのことと言い、いっつも、人のことばっかり…!!どうして!あんたはそんなに、自分を大事にしてくれないの!?」
とうとう、涙がこぼれ出す。
限界だった。
涙で、視界がにじむ。マールがどこにいるかも、分からなくなった。
「…私のために、そこまで…」
「えっ!?」
だから、マールの声が、頭上から聞こえてきたその瞬間、思わず変な声が出てしまった。
同時に、ハイーラの頭に、優しく手が添えられた。
「…いつも、あなたが私の代わりに怒るし泣いちゃうから、私怒る機会も泣く機会もなくなっちゃうじゃ〜ん」
マールはそう言いながら、ハイーラの頭を優しく撫でる。
かつてペルセを泣かせたその行動が、今度はハイーラの涙を加速させた。
「…でも、ありがとうね。私のために」
そう言うマールの声も、少し震えていた。
だが、ハイーラがそんなことに気付ける余裕は、もうなかった。
ハイーラは立ったまま、泣き続けた。
その涙とともに、全てが、洗い流されていくような、そんな気がした。




