キュエル家当主・リリエス
子どもたちを連れ、屋敷の外に出た。
道中、子供達はずっと、忙しなく辺りを見回していた。
あの部屋の外にある色々なものが、彼らの目を引いていたのか。
ーーーそういえば、初めてペルセがアスティアノに来た時も、そうだった。
そう思いながら、ハイーラは子供達を見つめる。
明るい場所で見てみると、暗くて見えなかった部分がよく見えた。
骨ばった頬。
身体に引っかかってるだけの、ブカブカな布。
不自然に細い足。
全てが痛ましかった。
「キュエル家の者に、すぐに来るよう申し付けましたから…もう間もなく来るはずですわ」
イアノはどこからか懐中時計を取り出し、時刻を確認しているようだ。
その所作1つをとっても、とても上品だ。キーアとの格の違いを、改めて感じる。
キュエル家の使者でも来るのだろうか。
せめて、無礼のないようにしなければ。
ハイーラは無意識のうちに、自身の着ているエプロンドレスのホコリを払ったり、襟元を整えたりしていた。
すると、前方に青い転送陣が出現した。
そこには、茨が絡み付いた、五芒星の紋様が刻まれている。
ーーーキュエル家の家紋だ。
キュエル家の者が来る。
ハイーラは思わず、身構えた。
転送陣が、青白く光を放つ。
あまりの眩しさに、思わず目を閉じてしまう。
しかし、それもほんの一瞬だった。
「…お久し振りですわ、リリエス」
イアノの落ち着いた声が、聞こえてくる。
今、リリエスと言っただろうか。聞き間違いではないのか。
それは、キュエル家の若き当主の名前だ。だが、いくらゴエティフス家の令嬢とはいえ、そんな相手を呼び出せるのか。
恐る恐る、目を開く。
そこにいた姿は、疑いようもないものだった。
美しく束ねた白銀の髪が、風になびいている。淫魔特有の、露出の多い衣装を着てはいるが、対照的な凛とした顔をしている。
ーーー間違いない。リリエスだ。
ハイーラでも、写真でしか見たことのない相手だった。
「こちらこそ、お久しぶりです…イアノ様」
リリエスはその場で軽く頭を下げた。その低い声は、どこまでも美しい。
並大抵の者なら、その容姿と声だけで、魅了されてしまうであろう。
「事情はお話した通りですわ」
イアノはそう言いながら、子供達へ視線を向ける。
子供達は転送陣から放たれた光によって、目を眩ませてるのか、目を上手く開けられていない。
だが、言葉を交わさずとも、子供の状態を理解するには十分だったようだ。
「…想像以上に、酷い状態ですね」
リリエスは険しい表情を浮かべている。
その表情のまま、ゆっくりとハイーラへ視線を向けた。
「君が、ハイーラですね」
「は、はいっ!!」
思わず、背筋が伸びる。
サトゥニアの時のような、絶対的な魔力差ではない。むしろ同族だからこそ、リリエスの魔力の強さが、嫌でも分かってしまう。
「この子供達は、キュエル家で責任持ってお世話させてもらいます」
リリエスは真っ直ぐにハイーラを見つめている。
その声は冷静であった。だが、リリエスの言葉は、そこで終わらなかった。
「ここまでのことになってしまったのは、管理できていなかった私の責任です。申し訳ありませんでした」
リリエスはハイーラの前で、深々と頭を下げた。
リリエスにそんなことをさせてしまうとは。すぐ止めさせなければ。
そう思っていても、ハイーラの口は言葉を発してくれなかった。
ハイーラが唖然としている間に、リリエスは頭を上げた。
「後日、また機会を改めて、直接お詫びに伺います」
「は…はあ…」
ハイーラの口から出たのは、何とも間の抜けた返事だけだった。
リリエスはそれだけ言うと、子供達の方へと近付いた。
子供達は、視界が回復したようで、リリエスを見つめている。
「…お姉さん、誰…?」
「これから君達を、愛する存在です」
不思議そうに見つめてくる子供に、リリエスは微笑んだ。
8人もいると、全員をまとめて抱擁、とはいかない。だが、リリエスはそれでも、可能な限り、全員を包み込むように抱き寄せていた。
足元に再び、転送陣が敷かれている。
それが、青い光を放ち始めた。
「…リリエス。時間があったら、またお茶でもしましょうか」
「えぇ。ぜひ」
その一言を最後に、リリエスは光の中へと消えていった。




