放棄された子供達
子供達は、虚ろな目をこちらへ向けてくる。自分を観察しているかのようだった。
見知らぬ大人を、警戒しているのか。しかし、そこに抵抗する意志は感じられない。
ーーーただ、手だけが震えていた。
ますます、胸が痛む。この子達は、子供らしい感情を表に出すことすら許されていなかったのか。もしそうなら、ペルセ以上に酷い状況だ。
「…子供のことを心配するあたり、母親としての心はあると思ったのに…」
ハイーラは子供に聞こえないよう、静かに吐き捨てた。もう、怒りも沸かない。
ただひたすらに、失望しかなかった。
だが、それを嘆いていても仕方ない。
ハイーラは膝をつき、子供達に視線を合わせた。
「…こんにちは」
そして、柔らかな笑みを浮かべ、子供達に優しく挨拶をした。
子供達は、そんなハイーラを見て、不思議そうに首を傾げた。
「こん…にち…は…?」
比較的成長してるように見える子供が、たどたどしく返してくる。しかし、その声は弱々しく、掠れていた。
あまりにも、可哀想だった。
可能なら今すぐにでも、目の前の子どもたちにお腹いっぱいお菓子を与えてやりたい。甘やかしてやりたい。そんな衝動に駆られる。
だが、あいにく手元にお菓子などない。何もしてやれないことが歯痒かった。
「…お姉ちゃん、私達を、どうするの?」
そんな事を考えていると、子供の一人が声を上げた。
そこには、警戒も怯えもない。
…いや、感情が死んでいるようにも聞こえる。
「ここから、出してくれる人を連れてくるわ。…君達は、ここから出たい?」
しかし、ペルセの時とは違う。自分はあくまでもこの子達の一時的な保護人だ。
連れ出すとしても、子供達自身の意志を確認せずにはいられなかった。
何より、ペルセを自分のところに連れてきたマールも、ペルセに強制してはいなかったはずだ。
いきなりそんなことを聞かれた子供達は、困惑しているようだ。まぁ、無理もないだろう。
しかし、戸惑いつつも、子供は口をわずかに開いた。
「……暗くて、狭い、この部屋から、出られるの?」
その言葉に、ハイーラの胸に痛みが走る。子供達の認識が、あまりにも違いすぎる。
ハイーラの感覚だと、「家」から連れ出す、というものだった。だが、目の前の子供は、「部屋」から出られる、と言ったのだ。
キーアは、自分や取り巻き達の子供すらも監禁していたのか。ますます、キーアへの嫌悪感が増す。
「私達は、いらない子、じゃないの?」
別の子供が、続けて言葉を紡ぐ。
拒絶され続けることが当然で、感覚が麻痺しているようだ。こんな言葉を、これ以上子供に言わせたくはない。
「…予想以上に、酷い有様だったようですわね」
ハイーラが言葉に詰まっているのを見通していたかのように、イアノがそう言いながら戻ってきた。
思ったよりも早い。キュエル家への連絡をしてるのではなかったのか。
そう思いながらイアノを見上げると、イアノはクスクス笑った。
「正確な場所を伝えましたから、キュエル家の者がそう時間をかけずに、ここへ来られますわ」
イアノはそう言いながら、ハイーラの横に膝をついた。そして、優しい笑みを向けながら、その視線を子供達に向けた。
「この狭い空間から、連れ出して信用できる方と会わせて差し上げますわ。ついてきてくださる?」
イアノはそう言うと、子供達の前に手を差し出した。
そこに、恩着せがましさは一切感じられない。
その場にいた8人の子供達が、イアノの元へ集まってくる。
しばしの沈黙。やはり、見知らぬ悪魔からこのようなことを言われるのは、警戒もするのだろう。
建物に吹く隙間風の音だけが、響いていた。
「…本当に、いいの?」
「えぇ。少なくとも、今よりは良い場所に行けますわ」
何だか、明らかに不審者じみた物言いだ。
だが、イアノが連絡した先は、あのキュエル家である。少なくとも、今より悪くなることは全くないと断言できる。
すると、子供達は、イアノが差し出してきた手に、恐る恐る自分達の手を重ねてきた。暗い中でわずかに見えるその手も、細くて不安になってしまう。
「さ、行きましょうか」
イアノはそれを見て微笑むと、ゆっくりと立ち上がり、歩き出した。




