幻惑と、返却
今、なんと言ったか。
「全員を無力化する」、と言ったか。
もはやキーアは、まともな思考ができなくなってしまったのだろうか。
「キーア様!」
「我々も、協力します!!」
一部の動ける取り巻き達が前に出てくる。キーアと同じく、今の贅沢な暮らしを壊されるわけにもいかないという判断だろう。その声には、焦りが滲んでいた。
ーーーそんなことをしても、罪が重くなるだけだというのに。
キーア達の体から、淫魔特有の、ピンク色の魔力が表に出てくる。だが、自分の使えるものと同系統なのに、明らかに違う。
濃い。あまりに濃すぎる。不快な甘い匂いが漂ってくる。ハイーラは思わず、鼻をつまんだ。
どうやら、こちらに強烈な幻惑をかけて、正気を失わせ、記憶を飛ばすつもりらしい。
「さぁ、狂いなさい!!」
キーアは叫びながら、その魔力をこちらへ思い切り流してくる。しかし、ハイーラの方へは向けられていない。
ーーーどうやら、自分には幻惑して無力化する価値すら感じていないようだ。自分だけなら、この人数で押し切ることができる、と思ってるのだろう。
実際、ハイーラ一人ではこの場を制圧することはできない。
だが、そんなことはハイーラとて織り込み済みだ。バルディに飲ませた中和剤は、淫魔のフェロモンを完全無効化こそできないが、かなり軽減してくれる代物である。
バルディの方へ目を向けると、もはや魔力による濃霧で覆われてるような状態だった。霧の中で、バルディがどうなっているのかは見えない。
イアノの方を見ても、同様だった。
「うふふふっ、あはははは!どうでしょう!?同性でも辛い量の幻惑魔力です!私を見下すからこうなるのですよ…!!」
キーアが勝ち誇ったように高笑いをしている。
もう勝った気でいるらしい。
だが、その笑顔も、すぐに崩壊した。
「…やれやれ…手荒な真似は、したくなかったのですが…」
霧の奥から、イアノの呆れたような声が聞こえてきた。それと同時に、イアノを覆っているピンクの魔力に、異変が生じた。
魔力が、変色している。ジワジワと、内側から塗り替えられるように。
ーーー否。塗り替えなどではない。もはや、それは『上書き』に近い。
かつて、ペルセがアンドレイスとの戦いの中で引き起こした、あの時の魔力災害に似ている。
だが、目の前で起きていることは、明確にあの時とは違う。規模ではペルセが上だったが、その精度は圧倒的に高い。
イアノは自らを覆う魔力のみを、正確に青く変化させていた。
「な…!?」
キーア達が唖然としている。
振り払われるならまだしも、内側から完全に破壊されるのは、初のことであろう。
そうこうしてるうちに、イアノを覆っていた魔力が、完全に深い青色に染められてしまった。そこからは、淫魔の魔力特有の、不快臭はしてこない。
これはもはや、別物だ。否が応でも、同じ魔力ではないと、一瞬で分かってしまう。
「この程度で無力化されると思われているのなら、ゴエティフス家も甘く見られたものですわ」
イアノはその魔力塊を持ち上げ、同時にその姿を確認できた。
ーーー見えなくなる前と同じ、座ったままの姿だ。まさか、一歩も動いていなかったとでも言うのか。
キーアは持ち上げられてしまった魔力の塊を見て、口を震わせている。
一体、どうする気なのだろうか。そう思っていると、イアノは前に出てきた取り巻き達を含め、幻惑魔力をぶつけてきた淫魔の人数を数えた。
「…キーア含めて五人、ですわね。私達を幻惑しようとした、愚か者達は」
「な、なにを…!?」
狼狽する取り巻き達に呼応するかのように、持ち上げられている青い魔力の塊が、ボコボコ動き出している。
ここで炸裂させるつもりなのか。そうなったら、ただでは済まない。
思わずハイーラが身構えると、イアノは優しい笑顔を浮かべた。
「アナタ方の魔力、お返ししますわ。ちょーっとばっかり、元のものとは異なりますけどね」
イアノがそう言うと、魔力の塊が一瞬にして分散する。
それらは、相手に逃げる隙すらも与えず、正確無比に、イアノが数えた5人の淫魔達に直撃した。
それと同時に、キーアの、淫魔達の絶叫が響き渡った。




