感情の発露
「皆の人生が…なんですの?」
イアノの声は、先程までの、優しい声ではない。完全に、冷え切っている。
ハイーラの目つきも、自然と冷たくなる。
この女、まだ「自分達」しか見ていない。どこまでも、「保身」が優先のようだ。
償うつもりなど、毛頭ない。いや、償うという発想すらもないのだ。
「私はあくまで、行動で謝意を見せる方法を示しているだけですわ。謝れないと言うなら、このくらいしないと…被害者は納得されないでしょう」
「しかし…それでは私たちの、生活が…!!」
説明を続けるイアノに、キーアは再び額を床に擦り付ける。
額のぶつかる音が、部屋中に響いた。
「お願いします!どうか、それだけは…!!ダスノムでも、どこででも働きますから、財産の没収だけは…!!」
ーーー結局、そこか。
築き上げた富を、汚い金で築いた財産を、削る気は一切ないようだ。
ダスノムで働くのは良い。だが、それでも地位を保ったままでいたい、と。
恐らく、キーアとしてはかなり譲歩したのだろう。
だが、そんなふざけた条件で、足りるはずがない。
ハイーラは歯を食いしばり、怒鳴り散らしたい気持ちを堪えている。
「…財産は、返せないと。すなわち、償う気は、ないと…」
「償うも何も…!イアノ様と言えど、私達の財産を、没収する権限があるのですか!?」
「私達の、財産?」
イアノの冷徹な宣告に、キーアは思わず頭を上げた。しかも、イアノの判断に対してかなり不満そうだ。
イアノは自身のこめかみをおさえた。まるで、理解ができない、と言いたげだ。
「その財産は、アナタのものではありませんよね?」
「何を仰るんですか!情弱共に財産を持つ価値などありません!イアノ様ほどのお方なら、弱者の無価値さをご存知でしょう!?」
醜い。
あまりにも醜い意見だ。
だが、弱者に価値がないと言うのならば、それは自身の首を絞めることになることに気付かないのが、あまりに間抜けだ。
「その弱者側に、今から叩き落とされるのよ…!」
思わず、そのような言葉が出てしまう。
すると、キーアが凄まじい形相でこちらを睨んでくる。しかし、土下座の姿勢で睨まれても、大して怖くはない。
そんな中で、大きな咳払いが聞こえた。
「…イアノ、そろそろ、茶番は終わりでよろしいですか?」
「あら、茶番呼ばわりですか?酷いですわ」
「始めたのはアナタですよ」
バルディの呆れたような言葉に、イアノは軽口を叩く。もっとやりたそうにしている。
確かに、これではいつまで経っても話が進まない。自分の感情を抑えるのも、もう限界だった。
「キーアさん。私が最初に何と申し上げたか、覚えていますか?」
バルディは自身のメガネの中央に手を添えて、未だにイアノの足元で頭を下げ続けるキーアに問う。
キーアは呆然とし、バルディを見つめるだけだった。バルディは淡々と、しかし冷たく告げる。
「『我々は、アナタがたを捕縛しに来ました』と、申し上げました。正式な手続きは、すでに完了しています」
バルディはそう言うと、一枚の書類を見せる。そこには、「捕縛許可証」と書かれていた。しかも、承認欄署には、アモディエナとデメナの二人の名前が記されている。
ーーーサトゥニアの幹部悪魔二人の連名なのか。
これには、ハイーラも驚いた。
この書類まで用意されてるとあっては…もはや、キーア達に、逃げ場などない。
「な、な、な…!!」
「最初、冗談だと笑われてましたが…冗談では、ありませんよ?」
バルディはそこまで言うと、わずかに口の端を上げている。だが、表情に反して声に揺らぎはなかった。
それに対し、キーアは肩を震わせながら、ゆっくりと立ち上がった。その動きは、少しぎこちない。
「…それならば、今ここで、全て無力化すれば…!!」
その瞬間、場の空気が切り変わった。




