正体の開示
イアノの顔に、皆の注目が集まる。
キーアも一瞬、何が起きたか理解できていないようだった。
しかし、すぐに現実に戻される。
「自己紹介が遅れましたわ。私、イアノと申します。今回の案件の、代表補佐を務めさせていただいておりますの」
イアノは柔和な笑みをキーア達に向けている。
しかし、キーアとその取り巻き達は、イアノの名前を聞き、一気に青ざめた。
「今…イアノ…って…」
「イアノ…って…あの、アスティアノ筆頭、ゴエティフス家の…!?」
「嘘、でしょ…!?」
今までにないほど慌てふためいている。
それはそうだろう。自分も初めてイアノに会って、その名前を聞いた時は、腰を抜かしたものだ。
アスティアノの中でも、頂点に立つ名家・ゴエティフス家。そこの関係者というだけでも驚きなのに、ご令嬢という立場。その立場上、アスティアノ内で非常に名が知られている悪魔の一人だったからだ。
「…ご、ゴエ、ティフ、ス…?」
キーアの顔は、もはや土気色になっている。言葉も紡げず、手を震わせてイアノを見ていた。
あれだけ看板にこだわっていたキーアにとってみれば、地獄だろう。屈指の名家のご令嬢に、今までの発言全てを聞かれてしまったのだから。
「それで?『看板』を保つのに金と才が必要だから、金銭の巻き上げも、無能の排除も正当、という話でしたわね?」
イアノはあくまで、柔らかくキーアに語りかける。しかし、キーアにはもう、反論できる気力があるようには見えなかった。
ここまで来ると、もう気の毒だ。だが、それでも同情する気は全く無い。顔を隠していたイアノにも、暴言を吐いた以上、どう転んでも無事では済まない。
「その理屈、もう少し聞いてみたいものですわ」
イアノはクスクス笑っている。
その発言、分かってて言ってるのだろうか。
だとするならーーーかなり、いい性格をしている。
キーアはもう、何も答えることができない。ガタガタ震え、勢いよく椅子からも転げ落ちた。
もう、椅子に座っていることすら、できなくなってしまったようだ。
そんな様子を見て、イアノはさらに続けた。
「あぁ…それと、顔を隠してこの場に来た私が、無礼だという…。顔を隠してるのは、顔が醜いから、とも…」
その発言で、キーアの喉から空気が抜ける音がした。
確信した。この女、間違いなく分かってて言ってる。
本心では怒っていないのだろうが、相手の反応を面白がっている。
ーーー敵に回したくはない。
すると、キーアがイアノの前に四つん這いで移動してきた。そして、その場で土下座の態勢をとった。
「数々のご無礼、申し訳ございません…!!まさか、イアノ様の関係者ご一行だったなんて…!!」
何とか、声を絞り出しているようだ。しかし、ハイーラの心は一ミリも動かない。
ーーーこの期に及んで、マールへの仕打ちに対する謝罪がない。あくまでも、イアノへの態度に対する謝罪だけだ。
その事実が、余計にハイーラの感情を増幅させる。
「ちょっと…!!」
再び、ハイーラの口が暴言紡ごうとする。しかし、イアノが手を上げ、ハイーラを制した。
「自分に任せろ」…そう、イアノの背中が語っている気がした。
「…それは、何に対する謝罪ですの?」
「イアノ様への、無礼への…!!」
キーアは頭を上げない。イアノも別に、土下座を要求していない。むしろ、その姿を座ったまま、興味なさそうに見下ろしている。
「では、今までバルディが話された、様々な罪に関する謝罪はなされないんですの?」
「あれは…その…」
イアノの問いに、キーアは即答しない。
ハイーラからしたら、それが全てだった。
イアノはその様子を見て、深くため息をついた。
「…謝る言葉が見つからない、ということですわね」
そう、静かに呟いた。
違う。多分、いや絶対違う。内心そう思っていたが、ハイーラは口を挟まずに見守っていた。
イアノは穏やかな笑みを、キーアに向ける。
「では、行動で示してくださいませ」
「行動…?」
イアノの言葉に、キーアは顔を上げた。
その顔は、微かに希望を見出したような、そんな表情だった。
だが、イアノもただで済ますつもりはないようだった。
「まず、財産は全て被害者へと返還。これは絶対ですわ」
イアノは緩い雰囲気を崩さない。だが、その提案に、キーアの顔が曇った。
それでも、イアノは気にせずに続ける。
「もしもそれで返済額に足りない分がおありなら…どこかの労働施設に送りますかね」
「そんな…ッ!!我々が、困窮してしまいます…!!」
キーアはイアノの足にすがりつく。その顔は、涙でぐちゃぐちゃになっている。
みっともない。やってきた罪に対して、たったそれだけの罰で済むのなら、安いものだろうに。
「あぁ…最近だと確か、ダスノムの復旧工事の人手が足りせないと言う話がありませんでしたっけ?バルディ」
「…えぇ、確かに」
イアノはすがりついてくるキーアを無視し、バルディに確認をする。
キーアの顔が、より絶望に染まる。
看板を見てきたキーアにとっては、最強に屈辱的なことだろう。
「それだけは…それだけは、どうか…!皆が、皆の、人生が…!!」
キーアは醜く、イアノに媚びている。
しかし、イアノの表情はそれを見て、急激に冷え込んでしまった。




