醜悪な信念
空気が完全に硬直している。
目の前にいるキーアも、その後ろに控える取り巻き達も、動けずにいた。
ようやく、こちら側の本気が分かったか。ハイーラは心の中でほくそ笑んだ。
「な…なぜ…ここまで…」
「あなた方のことを、綿密に調査した結果です。隅から隅まで知っていますよ」
かすれた声でしか言葉を紡げないキーア達に対し、バルディは自身のペースを崩すことなく答える。
ふと、横にいるイアノに視線を向けた。イアノは、前と変わらない様子でキーア達の様子を眺めているだけだった。
ハイーラは再びキーアに視線を戻した。今なら、言いたいことを言える。
「…説明しなさいと言われてるでしょ。年を取って、耳が遠くなったのかしら」
自分でも驚くほど、ハイーラの口は冷たい暴言を紡いだ。だが、それがキーアの顔を歪ませた。
「…俗な小娘風情で…!!」
顔が、口元が震えている。
恐怖ではない。これは、怒りだ。俗な見た目で見下していた相手から、言い返されたことに対してだろうか。
だとするなら、相手を侮るにも程がある。
「こんな輩がいるから、私達の『看板』が必要なんです!!」
キーアは怒りに任せて叫んでいる。しかも、ハイーラを指差している。
他者を指差して「こんな輩」呼びとは、この期に及んでまだ無礼を重ねるつもりなのか。
バルディはそれにも動じず、静かに口を開いた。
「…看板、ですか」
「えぇ、そうです!下賤な生まれであろう貴方がたには、分からないかもしれませんがね!」
キーアは机を叩き、叫びんでいる。後ろの取り巻き達も、うんうん頷いていた。
やはり、一家揃ってそのような考えか。昔から薄々感じていたので、驚きはしないが…失礼な物言いだ。
「私も、アスティアノの中では中堅家系の生まれです。その『看板』のお話、お聞かせいただけますか?」
しかし、バルディは敢えて相手の思想を引き出そうとしている。それは、ハイーラにも分かった。
ーーーこのような相手に慣れているのだろうか。ハイーラは驚いて、バルディを見つめた。
「『看板』があることこそが、成功者の証!その『看板』を保つのに必要なのは、金と才なのです!」
キーアは嬉々としてバルディへ語り出す。
そういえば、キーアの根本思想をちゃんと聞いたことはなかった。真面目に聞くと耳が腐りそうで、聞く気もなかったが。
だが、ハイーラはちゃんと聞いたことを、早くも後悔し始めていた。
「であるから、詐欺も贈収賄も『看板』のためには必要だ、と?」
「えぇ、そうです。そして、マールも、無能の排除も!全て、正しいことなのですよ!」
バルディの問いに答えたキーアは、そのままの勢いでハイーラを睨みつけてくる。
その目付きは、昔なら縮み上がっただろう。だが今は、滑稽にすら見える。
「だからこそ…!!マールとか言う能無しに、価値などないのです!!分かりましたか、俗物!?」
とうとう、ストレートに侮蔑してきた。
もう、取り繕う気もないのか。
だが、キーアは言い切って、どこかスッキリしたような様子だった。周りの取り巻きたちは、キーアの演説に小さく拍手を送っていた。
ーーーあぁ。もう、この家はダメだ。
ハイーラは改めて、そのことを確認した。
すると、ずっと静観していたイアノが、顔を伏せながらゆっくりと口を開いた。
「…『看板』を保つのに、金と才能が必要、ですか…」
その口調は、バルディと同等に冷たいものだった。
キーアの、取り巻きたちの視線が、イアノに集まる。
「そうですよ?あなたのように、このような場で顔を隠すなど…そのような無礼を働く下等な者には、考えられないでしょうけどね」
キーアは呆れたようなため息を吐く。
イアノは顔を伏せたまま、仮面の留め具を外している。
金属の外れる音が、微かに聞こえる。
そして、イアノの顔から、仮面が完全に外れた。
ーーーそれと同時に、イアノは髪をかき上げながら、顔をゆっくりと上げた。
「…驕らないでくださいませ」
その目はハッキリと、キーアを見つめていた。




