残酷過ぎる余罪
やはり、キーアは変わらない。
この女は、マールにしたことを『善』であると認識している。
何も悪いことをしていないのだから、裁かれる理由はない、と。本気で、そう思っている。
「…なるほど。これは、あなたにとって悪いことではない、と?」
「えぇ。ただの、能無しへの躾ですから。なぜ、このような話をされるのか…全くもって、理解できません」
バルディが改めて書類に書かれた内容を指で示しても、キーアは見向きもせず、ただ首を傾げているだけだった。
すると、キーアは何か閃いたように表情を変えた。
「あぁ…もしかして、あなたも殿方ですから、ここのフェロモンにあてられてしまったのではなくて?」
「はい?」
いきなり何を言い出すのかと思った。
確かに、この空間の濃厚なフェロモンは、並大抵の男性を、欲望で支配してしまうだろう。
だが、バルディには事前に中和剤を飲ませてある。それ以前に、そもそも全くフェロモンによる揺らぎが見えない。
バルディが何も言わずにいると、キーアは側にいた案内人に何かを囁いていた。
言葉は聞こえなかったが、会話を終えた案内人はハイーラ達の側に寄ってきた。
「…ここのフェロモンで、主催者の頭が回らず、話が進まないでしょう。お出口へご案内します」
案内人が、ハイーラの耳元で囁く。
…どうやら、キーアは自分達にさっさと帰れ、と言いたいらしい。
呆れたものだ。まだ、話をしてほんの少ししか経っていないというのに。
対面しているキーアが、変わらない醜悪に見下した笑みを向けてきている。
ーーーだが、ここで引くわけにはいかない。
ハイーラには、椅子から立ち上がる気など毛頭なかった。
案内人は困ってるようだが、そんなのは知らない。
バルディもイアノも、それは同じなようで、全く動いていなかった。
「お気遣い、感謝します。ですが、問題ございませんよ」
バルディのその言葉に、キーアの顔がひくついた。思い通りにいかず、苛ついているようだ。
ーーー本当に、分かりやすい。
バルディはそのままの流れで、持ってきた茶封筒の中から、追加の資料を取り出す。
「百歩譲って、この件だけなら確かに、家の中での問題として処理することが可能でしょう。ですが、こちらについてはどう説明されますか?」
バルディはその資料を、キーアの方へ差し出す。それを見たキーアの顔から、初めて笑みが消えた。
後ろに控える取り巻きの淫魔達も、ザワザワし始めた。
「ベリアスにおける、幻惑能力を悪用した巨額の詐欺・搾取。そして…」
バルディは淡々と、資料をキーア達に見えるようにしながら読み上げる。
事前に知らされていたとはいえ、あまりに酷い。
アスティアノならまだしも、ベリアスならば確かに、淫魔の幻惑は比較的通用するだろう。
だが、資料に記された金額は、普通に暮らすならば一生食うに困らないほどの、とてつもない金額だった。
一体、どれだけの被害者がいるのか。もはや、想像もしたくない。
しかし、その資料には、ハイーラが見たくなくても、被害額や日時等が詳細に記載されており、嫌でも認めざるを得なかった。
しかし、バルディの話は、まだ続いた。
眼前のキーアが資料を穴が開くほどに見つめている。それを無視し、静かにページをめくった。
「…それで得た金を、そのまま福祉の者へ握らせた。そして、マールさんへの社会的援助を出させず、逆に余計に追い詰める方向へ誘導したこと。平たく言えば、福祉課への贈収賄ですね」
バルディの視線が、絶対零度となる。でも、それも無理のない話だ。
マールは、理不尽に追放され、リンチもされ、投石などもされ、散々に傷付いた。通常なら、そんな者を、社会が放置する、ましてや余計に追い詰めるなどあり得ない。
しかし、キーアはそれを平然と、金で買収してまで行わせた。ただ、能無しの汚点である、マールを視界から確実に消すためだけに。
言い訳のしようがない余罪を突き付けられたキーアの顔から、完全に笑みが消えた。むしろ、どんどん顔色が悪くなっていく。
マールは、ずっと一人で耐え続けていた。最も近くにい続けた自分にすら悲鳴を悟らせずに、たった一人で。
その事実が、ハイーラの顔を歪ませる。
「この二件について、どう説明されますか?」
バルディはあくまでも、冷徹さを崩さなかった。
だが、その質問から、誰一人逃れることはできない。それだけは、その場にいた全員が直感的に分かった。




