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最底辺の悪魔は世界を見る~ペルセの旅路~  作者: ルゥナ
第一部 特別編居場所なき淫魔とそれを支え続けた者
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下劣な支配者・キーア

 バルディがゆっくりと振り向く。

 時間が迫っているのは分かっているが、それでも先に済ませておかなければならない。


 ハイーラは懐から、小瓶を取り出した。そこには、赤い液体が入っている。その小瓶を、バルディへと手渡した。


「…これは?」

「淫魔の幻惑への、中和剤のようなものです」


 バルディは訝しげに小瓶を眺めた。

 確かに、これを飲め、というには少し勇気のいる見た目だ。だが、ハイーラとて、何の理由もなしにバルディに渡したわけではない。


「これから乗り込むのは、淫魔の拠点。淫魔特有の魔力…というか、フェロモンのようなものが充満しています。私は同族ですし、イアノさんも女性ですからさほど問題にはなりませんが、バルディさんは男性ですから…」

「なるほど。幻惑されても惑わされぬように、ということですか」

「そういうことです。ここで、飲んでおいてください」


 自身の魔力から即興で作ったものであったため、味には自信がない。

 にも関わらず、バルディは小瓶の中身を、一息で飲み干した。


「…お気遣い、感謝します」

「ありがとうございます」


 バルディは表情一つ変えることなく、ハイーラへ小瓶を返した。


 恐らく、マール親族程度の魔力では、格上のバルディ相手に幻惑は通じないだろう。しかし、万が一、というものがある。不安の芽はつぶしておくに限る。


 そして、バルディはついに、屋敷の呼び鈴を鳴らす。


 屋敷の音に見合わない、軽い音が鳴り響いた。


「は〜い」


 扉の向こう側から、艷やかな、しかしどこか老成したような女の声が聞こえる。

 もう、2度と聞くことはないと思っていた、忌まわしい声。


 ーーーマール一家の、トップを務める女の声だ。


「先日アポを頂きました、魔界災害調査管理部部長、バルディと申します」

「お待ちしておりました」


 その声と共に、目の前の大きな扉が、ゆっくりと開く。扉の隙間から、淫魔特有の、濃厚な魔力の香りが漂ってくる。


 自分も同族だが、どうもこの濃縮された淫魔の魔力の感覚は、好きになれない。

 屋敷中に高密度なフェロモンを充満させてる淫魔など、この一家くらいのものだろう。


 扉が開ききり、ハイーラ達は中へと足を踏み入れた。


 外見もピンク一色で下品だったが、中も負けず劣らずだった。

 あらゆる場所が、パステルカラーでド派手にペイントされている。壁には、キスマークや大きなピンクのハートなどがあちこちに貼り付けられていた。見てるだけで、目が痛い。


「…はぁ…相変わらずだわ…」


 あたりを見回しながら、ハイーラは静かに呟いた。

 そして、正面に目を向ける。そこには、和装の淫魔が一人立っている。どうやら、案内人のようだ。


「バルディ様ですね。キーア様がお待ちです。ご案内します」


 その淫魔は、頭を下げることなく、そのまま背を向けて歩き始めた。


 ーーーこんなに態度が悪かっただろうか。自分が離れてる間に、相当に思い上がったものだ。


 そして、キーアという名前。この家の、支配者の名前だ。

 マールの人生を狂わせた、すべての元凶。一度、マールのことを巡って大喧嘩をしたこともある。


 そんな者と、また会うことになるとは。

 だが、今回はあの時とは違う。


 バルディと、イアノ。高濃度の淫魔の魔力を受けても、平然としている二人。頼もしすぎる味方がいる。


「…こちらです」


 案内人は、とある部屋の前まで来て、止まった。

 普通なら、ドアを開けて、客人を中に招くだろう。 しかし、案内人は平然と、自分が先に入り、そのまま戻ってこなかった。


「失礼します」


 だが、バルディもイアノも、そこに触れることなく、部屋の中へと入る。ハイーラも、その後に続いた。


 部屋の中も、悪趣味だった。

 目がチカチカするパステルカラーは変わらず、追加で趣味の悪い絵や、裸婦像等の彫刻が置いてある。それらも、全てショッキングピンクに塗り上げられている。

 その中央に、大きな円卓があった。サトゥニアにも似たようなものはあったが、あの時よりも質が悪い円卓だ。一目で、分かってしまう。

 サトゥニアと比べたら、こちらのものはもはや張りぼてだ。


 部屋の中には、十はくだらない数の淫魔達がいる。どいつもこいつも、マールを徹底的に見下し、排除しようとした連中だ。ハイーラには、その全てに見覚えがあった。


 その中央に、すでに座っている老婆がいた。その老婆は、留袖を身に纏っており、背筋は伸びている。

 キーアだ。昔よりも多少は老けたが、その腹立たしい顔付きだけは変わっていなかった。


「どうぞ、おかけになって?」


 キーアは手を差し出すでもなく、顎で座る席を指定してくる。どこまで、礼節がないのか。


「…失礼します」


 バルディ達は、そこにも何も言わず、キーアに向き合うように腰かける。ハイーラも、バルディの隣へ腰かけた。


 無意識に机の下で拳を握りしめてしまう。

 再びここへ、舞い戻ってきた。マールを、大切な友人を、救うために。


 そして、いよいよキーアと向かい合った。

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