恩人が奥底で出し続けた声
ーーーあれから、数日が、経った。
何だか、ハイーラとマールの仲が、少しギクシャクしている気がする。
しばらく、ペルセの頭から、あの日の記憶が離れなかった。
けれど、ペルセの胸には、何か引っかかっていた。
「…なに〜?私の顔になにかついてる〜?」
気づいた時には、椅子にだらりと座るマールを見つめていた。
今までのマールからは感じ取れなかった、違和感が強くあった。
その表情はいつも通りだ。
にも関わらず、その奥から別の声が聞こえてくる気がした。
「ほら、ご飯よ」
その思考は、ハイーラの一声で中断させられる。だが、マールから聞こえてくる声が、どうしても、頭から離れない。
あれはーーー悲鳴だった。
暗闇で孤独にもがく、魂の絶叫。
かつて、アンドレイスに襲われた時に、ダスノムの住人達があげた、耳をつんざくような、甲高い悲鳴だった。
そんなものを聞いていては、席に座り、ご飯が並べられるのを見ても、どうにも食欲がわかない。
「…どうしたの?」
全く手を動かさないペルセを、ハイーラが不思議そうに見つめてくる。マールの過去をあれだけ知っているハイーラは、マールのあげてる悲鳴に、気付いてないのか。
それともーーー気付かないフリを、しているのか。
そう思うと、声をあげずにはいられなかった。
「…マールさん」
「ん〜?」
マールはのんびりとした様子で、ゆっくりとご飯を口に運んでいる。その様子に、ペルセは思わず泣きそうになる。
「この間から、様子がおかしいよ。何で、悲鳴をあげ続けてるの?」
ーーーその瞬間、マールもハイーラも、手に持っていた箸を落とした。
あれだけの悲鳴をあげていながら、なぜ、マールは落ち着いていられるのか。なぜ、ハイーラもそれに気付かないのか。どうしても、分からない。
なぜ、今になってそれが聞こえるようになったのかは分からない。だが、聞こえてしまった以上、それを放置することはどうやってもできなかった。
「だって…おかしいよ…。何で、私を助けてくれたマールさんが、苦しみ続けてるの…?あの、過去の話が、関係してるんじゃないの?…どうなの!?マールさん!!」
震える声で、マールに畳み掛けてしまう。
そんなペルセに、マールは何も言えず、困った様子だ。
だがーーーその目尻に、涙が見えた。
「…マール…アンタ…」
「………過去のこと…のはずだったんだけどね〜…」
ハイーラが呆然とマールを見つめているのに対し、マールは顔を伏せた。
ペルセも知らず知らずのうちに、目に涙が溜まっていた。視界が、少し滲む。慌てて、自身の腕でその涙を拭った。
だが、マールは目尻に溜めた涙を、拭おうともせずーーーただ、うつむき続けた。
「…ごめん、食欲がなくなっちゃった。ご飯、また今度でいい?」
しばらくして、マールはそのまま席を外してしまった。
そして、それに気付いたハイーラも、食事を片付け始めている。
「ペルセちゃん…。アナタは、何も悪くない。悪いのは、隠し続けたアイツと………それに気付けなかった、アナタに気付かせてしまった、私よ」
どうやら、ハイーラも食欲がなくなってしまったらしい。片付けをしているハイーラの声も、震えていた。
ハイーラはそのまま、食器類を台所へ足早に持っていってしまった。
自分は、まずいことをしたのか。
しかし、あのまま助けを求める、マールの悲痛な声を聞き続けるのは、耐えられなかった。
取り残されたペルセは、ふと玄関を見つめる。その先に、誰かがいる気配を感じる。
ーーーまただ。何だか最近、やたら気配なんかを強く感じる。これは、一体何なのか。全く分からない。
すると、来客を知らせる鈴の音が、静かな部屋に響き渡った。




