ベリアスに逃げた理由(ワケ)
ハイーラはしばらく、押し黙ってしまった。
しかし、その顔は先ほどまでとは異なり、今にも泣きそうな表情であった。
バルディも急かすことなく、静かにハイーラを見つめるだけだった。
アスティアノで、親戚から存在すら疎まれる。
親戚から嫌われた経験のないペルセにとって、想像もつかない話だった。
「…親戚連中は、公私ともに、マールをアスティアノから追放しようと、動きました」
「公私ともに…?暗殺でも、行おうとしたのですか?」
「さすがに殺しは行いませんでしたよ。連中にとっては、それがせめてもの慈悲だったようですが」
バルディの予想に対し、ハイーラは静かに否定する。
…一体、どこに慈悲があったのか。
聞いてる限り、慈悲どころか、マールへの恨みしか感じない。
そう思っていると、マールが口を開いた。
「私〜、アスティアノだと死んでる扱いにされてるみたいなんですよね〜」
「ちょっ…!?」
あまりに変わらない、いつものような間延びした声色。そんな声でいうものだから、ハイーラも反応が遅れたようだ。
死んだ扱い。でも、マールは今ここにいる。
どういうことなのか。
「…死亡扱い、ですか」
「よっぽど気に食わなかったんでしょうかね〜」
バルディの確認に、マールはのほほんとした態度を崩さないままで答えた。
気に食わない。そんな理由で、死んだことにされている、というのか。
つい先程、自分は生きることを社会に認められたのに。マールは、社会で生きることを否定されている。
ーーー納得できない。できるわけがない。
「…ただ、連中も、マールをアスティアノから追い出すために、相当ひどいことをしたようです」
「と、言いますと?」
「街で見かけたマールに、外から大きな石を投げつけて大怪我させたり、とか」
再びハイーラがバルディに話し出した。しかし、それも聞くに堪えない内容だ。
見かけただけで、攻撃される。その辛さは、ペルセにもよく分かった。
ダスノム生まれだ、というだけで、自分もアンドレイスに理不尽に攻撃された。アレを、親戚から受けるというのか。
ーーー想像しただけで、震えが止まらない。
「だから…マールは、アスティアノを出たんです。そんな、野蛮な親戚達が、いたから…」
ハイーラは視線を下に落とした。その目から、涙が一粒、流れ落ちていた。
バルディはハイーラから視線を外し、大きくため息をついた。
「…現在、マールさんがアスティアノにいることは、その親戚連中にはバレていないので?」
「多分、バレていません。ただ…いつ、バレるか…」
ペルセは二人のやり取りを聞いて、ハッとした。
思えば、マールは自分達が出かける時、面倒だと言って留守番をすることも多かった。
しかしそれは、マールが傷つかないためだったのではないのか。そう思うと、マールがあまりにも気の毒になってきた。
そう気付いた時には、ペルセはマールに抱き着いていた。
「…どうしたの〜?」
マールは、変わらない。自分がダスノムの生まれだと知っても、何も変えてこなかった。
それは、間違いなくペルセにとって救いだった。だが、同時に、マールも苦しんでいたのかもしれない。
そう思うと、マールから離れる気にならなかった。
マールは何も言わず、ペルセの頭を撫でてくる。
どうしてそこまで、他人に気を使えるのか。自分へ、その気遣いを回さないのか。
ペルセには、甚だ疑問だった。
「…それにしても、なぜ、そこまでご存知で?」
「マールと腐れ縁だ…というのもあるんですけど…。マールの親族や私の親族から直接聞いたんですよ」
ハイーラの解答に、ペルセの頭をなでるマールの手が、ピタリと止まった。
マールの様子を伺うと、少し驚いたような顔だ。
「マールの親族連中がやったこと、私の親族も含めて、私以外全員肯定したんですよね」
「それは…」
「だから…私も、親族とは縁切りました。そんなとこ、いたくなかったんで」
ハイーラは、自ら関わりを切ったのか。でも、それも分かる気がする。ペルセにとっても、関わりたくない親戚だ。
バルディは一瞬、言葉に詰まったようだ。しかし、すぐに持ち直したようで、軽く一息ついた。
「…これは、かなり重い案件ですね。私の方でも、調査してみます」
「えっ…?でも、バルディさんって、災害調査官では…」
「えぇ。ただ、ここまで首を突っ込みましたし、何より見過ごせる案件ではないので」
バルディはこめかみをおさえながら、冷静に話している。その様子に、ハイーラも少し気が抜けたようだ。
「…ご心配なさらず。私を含めたサトゥニア直轄の悪魔達は、優秀な者達ばかりです。少なくとも、今この時点では」
バルディはそう言うと、静かに立ち上がり、玄関へと向かう。
ハイーラが慌てて、その後を追った。
「…辛いお話をさせてしまって、申し訳ありませんでした」
「い、いえいえ!そんなこと…!!頭上げてください!!」
バルディは玄関前で、深々と頭を下げながら、落ち着いてそう言った。ハイーラは慌てて首を横に振っている。
バルディはそう言われ、ゆっくりと頭を上げた。
「今回の件、私の方でも確認を行います。もし、お話が本当に真実ならば…その時は再度、私があなたがたの元に伺います」
「わ…分かりました…」
ちゃんと、動いてくれる。やっぱり、バルディは悪い悪魔ではない。
そう思って見つめていると、バルディは再び一礼し、その場から霞のように姿を消した。




