マールの地獄〜関係の崩壊〜
「…お気付きの通り、マールも私も淫魔…魔力を用いて他人を幻惑し、洗脳して翻弄する、搦手タイプの悪魔です」
「えぇ、そのようですね」
淫魔、という種類がいるのか。マールもハイーラも、それに当てはまるということらしい。しかも、バルディはそれをすでに分かっていたようだ。
ハイーラは、そのまま淡々と続けた。
「ただ、マールにはその幻惑する才が、まるでなかった。そのせいで、周りから『能無し』の烙印を押されたんです」
「酷いですよね〜」
マールの呑気な態度に、ハイーラは顔をしかめる。
一方のバルディは、うなずきつつ静かに話を聞いていた。
ーーー何だか、マールの表情が、少し歪んでるような気がする。このまま、話しても、大丈夫なのだろうか。
だが、そんな心配をよそに、ハイーラの話は続けられた。
「その後の家の、親戚達の対応が…最悪だったんです」
「…ふむ?」
その瞬間、ハイーラの顔が一瞬で曇った。その手元が、何だか忙しなく動いている。
バルディは不思議そうに、そんなハイーラを見つめるだけだった。
しばらくの、静寂。ハイーラは言いにくそうに、ただ唸っているだけだった。
ーーーそんなに、言いたくないのだろうか。だが、ここまで聞いたら、気になって仕方がない。
ペルセも、ハイーラに視線を向けていた。
やがて、ハイーラが恐る恐る、口を開いた。
「あの連中は…手始めに、マールを一族から追放しました」
「…最初から、重いですね」
その言葉を聞いたバルディの眉が、わずかに動く。明らかに、引いてる様子だ。
ペルセも、閉口してしまう。しかも、ハイーラの口振りだと、まだありそうだ。
ーーーこの先、何があるというのか。
聞くのが、怖い。
「えぇ…しかも、追放した理由が…『才能無き者は汚点となる』、とかいう、意味の分からないものだったそうです。…ふざけてますよね」
「それは…その通りですね」
ハイーラの言葉に、バルディは一筋の汗をかきながら、静かに共感を示した。
才能が無いから、追放される。
同じ理由でダスノムへ捨てられた自分自身と、似たような話だ。
サトゥニアでその話を聞いた時、マールはどう思っていたのだろうかーーー。
マールの方を見てみるが、相変わらず何を考えてるかよく分からない、のんきな表情だった。
「ですが、そんな理由で追放されて、戻ろうとしなかったのですか?」
「無論、戻ろうとはしてたみたいですよ。ただ、決して受け入れなかったそうです。それどころか…」
ハイーラはそこまで言い切ると、顔を伏せた。
よく見ると、机の上にあった手は、強く握り締められ、震えている。その隙間から、赤い液体が滲んでいるのが見えた。
「………マールに、壮絶なリンチをかけ、半殺しにまでしたそうです」
ハイーラは心底忌々しそうに、顔を伏せたままで静かに言った。
その瞬間、空気が凍りついた気がした。
半殺し?ダスノムから来たばかりの自分を、何も言わずに助けてくれた、あの優しいマールを?しかも、親戚が?
ペルセは、混乱した。まるで、理解ができない。
そんなペルセと対照的に、バルディは落ち着いている。しかし、まぶたを閉じ、深呼吸をしている。その眉間には、シワが寄っていた。
「そんなこと、あったっけな〜」
唯一、マールだけが平然としている。
それも、ペルセにとっては分からなかった。なぜ、こんなに落ち着いていられるのか。
ーーー辛くないわけが、ないのに。
「…もう十分お腹いっぱいでしょうけど…」
「まだ、何か…?」
絶句してしまったバルディに、ハイーラは遠慮がちに声をかけた。
ここから、さらに追加があるのか。どこまで、マールは酷い目に遭い続けたのか。
ハイーラは顔を上げながら、話を続けた。
「それでも、親戚連中は満足しませんでした。マールが、自分達にとっての汚点が、アスティアノに存在することそのものを、疎むようになりました」
「…アスティアノでの存在を、疎む…?」
マールの味わった地獄は、まだ終わらないのか。
思わず、耳をふさぎたくなってしまった。
ーーー話を聞いてるだけの自分でさえ、怒りに震えていることに気付いた。




