能天気な淫魔の、深い傷
机を挟み、バルディとハイーラ、ペルセ、マールの3人が向かい合う。
初めてバルディが来た時のような、少しピリつく雰囲気だ。
しかし、あの時とは状況が違う。
今回、バルディが視線を向けていたのは、マールだった。
「で〜、私に何を聞きたいのですか〜?」
マールが気怠そうな声を上げる。しかし、ハイーラに頭を引っ叩かれていた。
バルディはそんな様子も気にせず、静かに口を開いた。
「…アスティアノは上位悪魔の住まう区画です。一方でベリアスは、底辺ではありませんが、下位や中位の悪魔の住まう区画です。通常、アスティアノの悪魔が住む場所ではありません」
「そうなの〜?」
バルディの説明を聞いても、何が何だかちんぷんかんぷんだ。マールも分かってないのか、眠そうな目をハイーラへ向けている。
「…簡単に言えば、便利な場所からわざわざ不便な場所へ、自分で移動したようなものです。少なくとも私の知る範囲で、アスティアノからベリアスへ引っ越した例はありませんでした」
何でも知ってそうなバルディですら聞いたことがないらしい。それほど、不思議なことなのだろうか。
バルディはなおも静かに説明を続けた。
「私はてっきり、ハイーラさんの同居人だとばかり思っていましたが…違いますでしょうか?」
「違いますね〜。ペルセの側には、私がいた方がいいよね〜、ってだけです〜」
バルディの問いに、マールはいつものように答える。しかし、その表情に、何か違和感がある。
言葉に上手く言い表せない、微妙な違和感が。
「…何で…あんたはそんなに、自分のことになると無頓着なわけ…!?」
横で聞いていたハイーラが、声を上げた。何だか、こちらも様子がおかしい。
サトゥニアで話を聞いていた時の、哀しそうな叫びとは違う。明らかに、怒気がこもっている。
「自分のことをどうこうするのなんて、面倒じゃ〜ん。他人の世話する方が楽だよ〜」
しかし、マールはまるで応えていない。それが余計に、ハイーラを怒らせているように見える。
すると、バルディが大きく咳払いをした。それを聞き、ハイーラも少しクールダウンしたようで、改めてバルディのほうへ向き直った。
「…その様子ですと、ハイーラさんから見て、マールさんが望んでベリアスに行った、とは思ってなさそうですね。話せる範囲で構いませんので、お聞かせいただけますか」
バルディはハイーラへ視線を向けてきた。
おかしくないか。マールのことなのに、ハイーラに聞くのか。
ハイーラは、少し躊躇いつつも、ゆっくり話し始めた。
「…結論だけ先に言えば、マールは自身の親戚筋に、亡き者扱いされ、存在そのものを否定されたんです」
ーーーその内容は、あまりにも衝撃的だった。
ペルセにとって、その言葉は、胸に刺さるものだった。
存在を否定。つい最近まで、自分もされていたこと。
しかもそれを、親戚にされるなんて。
自分を拾い上げてくれたマールも、存在の否定を経験していたのか。
マールに視線を向けても、本人はさして反応していない。どうして、こんな能天気にしていられるのか。
ーーー分からない。
「…物騒なものですね。存在そのものを否定、とは…」
「本人はこんなのんきに笑ってますがね…」
バルディはその言葉を、重く受け止めたようだ。静かに、目を伏せている。
ハイーラは少し恨めしそうにマールを見つめる。しかし、マールはそれでもいつものような態度を崩していない。
「なぜ、そのようなことに?」
「………伝聞の部分も多いんですけど…」
ハイーラはそう呟くと、再び話し始めた。




