上位訪問への葛藤
今、何と言われたのか、一瞬理解ができなかった。
自分の、ペルセの名前を、呼ばれたような気がした。
…いや、それは間違いなく、気の所為ではなかった。ハイーラが驚いたように、玄関とペルセを交互に見ている。
「…ペルセ、ちゃんを、サトゥニア様のところに…?」
もはや、言葉を紡ぐのもやっと、といった様子だ。もう一度、ぶっ叩かないといけないだろうか。
「さすがに、今からとまでは言いませんが…。ただ、サトゥニア8世様もお忙しい身です。時間の猶予はあまりありませんので、今日中に謁見していただけると、こちらとしては助かります」
「え、きょっ、きょ、今日中って…」
ハイーラのパニック度合いがますます上がっていく。それはそうだろう。今日、出かける準備などしていない。しかも、相手はあまり待ってはくれなさそうだ。
すると、マールが音もなく、ハイーラの横からぬるりと顔を出してきた。
「…行くしかないんじゃない〜?」
「びゃうっ!?」
…いつの間に、動いていたのか。ペルセも驚いたが、ハイーラもびっくりしたようだ。思わず、獣のような悲鳴をあげてしまった。
「………そんなに驚かなくても〜」
「驚くわよ!!あんたいつの間に!?」
不満げにしているマールの頭に、ハイーラが思わずチョップを食らわせている。大した威力ではなさそうだが、マールはそれを受けて、軽く頭を押さえていた。
「…何か、サトゥニア8世様に謁見するにあたりまして、不安な点などがございますか?」
「そもそも、サトゥニア8世とかアモディエナって、誰?」
落ち着いたバルディの声に、ペルセは無邪気な疑問をぶつけた。何せ、ずっと気になって仕方がなかったのだ。
ハイーラはそれに対し、焦ったような反応をしていたが、マールがそれを制していた。
「ちょっ、ペルセちゃん、なんつー質問を…!!」
「構いませんよ。子どもに分かるように言うなら…。そうですね、サトゥニア8世様は、この魔界のトップの悪魔、アモディエナ様は、私の上司で、サトゥニアの…トップ層の中の幹部、といったところでしょうか」
バルディは分かりやすく説明してくれたつもりだろうが、言葉が難しく、ペルセには半分程度しか分からなかった。
しかし、分かったこともあった。
「…つまり、バルディさんよりすっごく偉い人、ってこと?」
これだけだった。
ハイーラはペルセの方を見ながら、こめかみをおさえている。なにか、問題あったのだろうか。
「まぁ…その認識で、問題ありません」
何だかバルディにも呆れられた気がする。一体何なのだろうか。
ペルセは不思議そうに首を傾げた。
「そ、それはそうと…サトゥニアに行くんなら、色々と準備が…」
「急に言ったのは私の方です。もし皆様が大丈夫ならば、私も準備のお手伝いをさせていただきます。時間も限られてますので」
「え」
今日はハイーラがよくフリーズする。そんなことを思いながら、ペルセはハイーラを眺めていた。
しかし、準備とは何だろうか。泊まるための着替えとかなのか。そう思ってると、マールが口を開いた。
「準備って何〜…?」
「え…そりゃあ…例えば…スーツとか?でもアンタ持ってないでしょ?」
「そんな堅苦しいの、持ってると思う〜?」
「…でしょうね…」
ハイーラとマールは、互いの顔を見合いながら言い合っている。ハイーラは、呆れたようなため息を付いた。
ーーーすーつ。またよく分からない単語が出てきた。
ただ、マールの反応からすると、頻繁に使うものではなさそうだ。
「でもサトゥニアに行くのよ?私服じゃダメでしょ。…多分…」
「スーツ、ですか…」
ハイーラの諦めも含んだような独り言に、バルディが反応した。扉の向こう側で、思考をまとめてるような、小さい唸りが聞こえてくる。
思わず、扉の方に視線を向ける。一体、次は何を言い出すのか。何となく、聞き逃してはいけない気がした。
「…サイズ調節がそちらで可能なのであれば、レディーススーツ三着、こちらで手配することも可能ですよ。数分、お待ちいただくことにはなりますが」
「え…そ、そこまで…!?」
バルディの一言に、ハイーラはまた口をあんぐりと開けている。見てて少し面白い。
だが、サイズの調節は不可能ではないはずだ。初めて自分に会った時に、マールですらもその場でやってくれていたのだから。
「ん〜…ハイーラはスーツ持ってるでしょ〜?」
「そりゃそうでしょ。はぁ…」
「…では、大人用と子供用、2着手配しますね」
ペルセがそんな事を考えてると、外からバルディの淡々とした声が聞こえてきた。
ハイーラはそれを聞いて、慌てて外を見たが、すでにバルディの気配は消えていた。
ーーーまるで、その場にいなかったかのように。




