異常な伝言
あのバルディという男が来てから、数日が経った。
ペルセの怪我も、マールのもすっかり良くなっていた。もう、運動も気遣いなくすることができるようになっている。
体を伸ばしても、もう痛まなかった。
「いっちに、さん、し…」
ペルセはリハビリも兼ねて、ハイーラの家の庭でストレッチをしていた。といっても、外から見えないよう、通りに面していない裏側でやっていた。
しかし、長くやっていたら、ハイーラに怒られてしまう。少し早いが、そろそろ戻らないといけない。
「ふぅっ…」
運動を終え、ペルセは額の汗を拭った。まるで、ダスノムで、苦労して宝探しを終えた時のような。そんな、爽やかな達成感が感じられた。
汗をタオルで拭き取りながら、ペルセは中に向かう。庭を抜け、裏口の扉を開き、室内に戻った。
室内には、相変わらず椅子に寄りかかってボーっとしているマールがいた。この人は、いつも何をしているのだろうか。
…ともかく、まずは、水でも飲もう。そう思い、ハイーラ不在の台所にある、冷蔵庫を覗く。
…あった。冷たい水が入った容器だ。
ハイーラが常時蓄えているそれを、躊躇いなく取り出した。ひんやりしていて、心地良い。思わず、水を求めて喉を鳴らしてしまう。
ペルセは容器の蓋を開け、水を飲もうとした、その瞬間だった。
ーーー来客を知らせる無機質な鈴の音が、部屋の中に鳴り響いた。
「はーいっ」
風呂掃除をしていたハイーラが、掃除用のバンダナをつけたまま、風呂場から出てきた。
そのまま出るつもりのようだ。ハイーラは、掃除モードの格好のままだが…。
ペルセはそう思いながら、冷たい水を口に運んだ。
やっぱり、美味しい水だ。
「どちら様ですか?」
「再度のアポなし訪問、失礼します」
ハイーラが玄関越しに、来客対応を始めた。相手の声には、聞き覚えがあった。
その声に、水を飲む手が止まった。思わず、持っていた容器を落としそうになる。マールは、その声に気付いたのか、玄関に視線を向ける。
ハイーラは、驚きのあまり、一瞬固まったようだ。
「…え…?その声、まさか…!?」
「はい。サトゥニア直属、魔界災害調査管理部のバルディでございます」
…やはりそうだ。
あの、バルディという男が、またやって来たのだ。
今度は、一体何の用なのだろうか。ペルセには、全く分からない。
「…何か、追加でお聞きしたいことがあったのでしょうか?」
「いいえ」
ハイーラは恐る恐る、扉越しに尋ねた。しかし、バルディはそれを、最後まで聞かずに、やや被せるように否定してきた。
落ち着いてはいるが、何だか急いでるように感じる。そんな声色だ。
「…本日、私はサトゥニアの使者として参りました」
「し…使者…!?…え…えぇ…っ!?」
バルディは、この前よりも早口で話している。何だか、前と比べて、本人の声に余裕がない。
ししゃ、とは何なのか。ペルセは水をもう一口分だけ喉に流し込みながら、そんな事を考えていた。
ハイーラの反応からして、サトゥニアという場所がスゴいし、そこのししゃ、となると、相当スゴいことには違いなさそうだが。
「…魔王・サトゥニア8世様からの、直々の言伝がございます」
その発言を聞いた途端、ハイーラもマールも、完全に凍ってしまった。
ハイーラは驚きのあまり、バンダナがほどけ、頭から落ちたことにも気づいていない。マールに至っては、いつも眠そうにしている目が、完全に見開かれている。
一瞬の静寂が、場を包む。
「…驚くのも、無理はありません。ですが、私の上司であるアモディエナ様を通じ、この言伝を承りましたので、緊急でお伺いしました」
「さとぅにあ様…あもでぃえな…様…まで…」
ハイーラが、今にも倒れそうなほどにフラフラしている。いくらハイーラが小柄でも、自分では支えきれない。
マールを見ても、先程から微動だにしていない。期待できなさそうだ。
ーーーどうしよう。とりあえず、ハイーラのもとに向かわねば。
ペルセは容器の中の水を一気に飲み干し、倒れそうになっているハイーラの元へと駆け寄った。
「ハイーラさん!!大丈夫!?」
「………はっ!?」
「バルディさん、まだ言伝の中身言ってないよ!?」
思い切り、後ろからハイーラの腰をたたいてやった。その衝撃で、少しの間はあったが、意識を取り戻したようだった。
驚くのはいいとしても、まだ相手は言伝の内容を言っていない。その状態で話を聞いてなかったら、マズいのはペルセにも分かる。
ハイーラにも、それは伝わったようで、慌てて咳払いをした。
「し、失礼しました…。それで、言伝の中身は…?」
「はい…。その中身は…」
バルディはそう言うと、扉の向こうで深呼吸をした。そして、重々しく口を開いた。
「…ペルセを、サトゥニア8世様の元に連れてきてほしい、とのことでした」




