ダスノムへの差別、上位が知る
「アンドレイス?それが、ここにいた悪魔のお名前で?」
「…はい」
バルディが冷静に聞いてきた。先程まで騒いでいたハイーラも、バルディの一声で、一気に落ち着いたようだ。
何だか、諦めすら感じるような、そんな声であった。
バルディは顎に手を置き、少し考えるような素振りを見せる。その間も、メモを取る手は止まらなかった。
「かしこまりました。ありがとうございます。そのアンドレイスという者にも、後程お話を伺うとして…。他に、ご存知のことは何かございますか?」
「…じゃあ、一つ、いいですか?準備するので、少し待っててください」
ハイーラはそれだけ言うと、席を立ち、奥の部屋へと消えていった。
バルディとの間に、沈黙が流れる。その間も、バルディからの視線は感じていた。
嫌な視線ではない。しかし、優しいものでもない。何だか緊張させてくる視線だ。
ーーーまるで、観察されてるかのような、そんな視線だった。
バルディは時折、ハイーラの用意したお茶を口にしつつ、落ち着いた様子で待っている。
その動きは、自分やマール達とは少し違っていた。しかし、バルディのその動作の一つ一つに、何とも言えないかっこよさを感じた。
「お待たせしました」
少しすると、ハイーラが戻ってきた。その手には、数枚の紙が握られている。
そのまま元の席に腰かけると、ハイーラはその紙をバルディの方に差し出した。
「…これは…?」
「実は、私達の方でも調べていたことがあります」
バルディは紙を手に取り、それを見つめた。
何が書いてあるかはこちらからは見えないが、少なくともバルディの表情は、あまり変わっていなかった。
「…あの魔力災害が起こる1週間ほど前に、ダスノムで瞬間的な魔力異常が起こってたのは、ご存知ですか?」
「えぇ。ただ、アレについては、異常要因の調査をしようにも、痕跡が少ないことや異常の再現性がないことから、突発的なものとして処理されてるようですが」
ハイーラの問いに、バルディはゆっくりと紙をめくりながら答えた。喋りながらで、中身を読めてるのだろうか。
「…何より、異常の質が全く異なります。この一件と関連があると考えるのは、些か論理の飛躍があるのでは、と思いますが…」
バルディはそう言うと、読んでいた紙を机の上に置いた。
しばしの沈黙。紙の擦れる音が、やけにハッキリと耳に入る。
そんな中で、マールが口を開いた。
「でも〜…それを起こした要因が、この子だとしたらどうですか〜?」
「…どういう、ことです?」
ペルセの肩を寄せながら投げかけたマールの問いに、バルディは眉をひそめる。
というか、自分がダスノムの関係者だとバラしてしまっていいのか。また、酷い目に遭わされるのではないのか。
ペルセはそう思いながら、バルディを見る。しかし、バルディからは、アンドレイスの時のような嫌悪を全く感じない。
「この子、ダスノムから来てるんです〜。どうも、そこに住んでたっぽくて〜」
「ダスノムから…?あそこは、住める場所ではないはずですが…」
バルディはマールの言葉に、さらに眉間にシワを寄せた。というか、ダスノムは住む場所ではないのか。実際、自分は長年そこで暮らしていたわけだし。
「…もしかして、ご存じない〜?」
「何をでしょうか?」
考え込むバルディに対し、マールはどこか煽るような口調だ。
そんなマールの頭を、ハイーラが軽く小突いた。
「煽らないの。…スミマセンね、このバカが」
ため息交じりに頭を下げたハイーラに対し、バルディはただ無言で首を振るだけだった。そして、続けろと言わんばかりに顎を動かした。
「…ダスノムは、知っての通りゴミが最後に行き着く処分場です。ですが、物質的なものだけではありません」
「どういうことです?」
「…『ゴミ』のような価値しかない悪魔が、最期に行き着く場所でもあります。少なくとも、アスティアノやベリアスでは、そういう認識なんです」
ハイーラはバルディから目をそらさずに、ハッキリと言い切った。
ーーー自分への酷い扱いがあったのは、そういう理由だったのか。妙に、納得がいった。
酷い話だと思った。自分は、何も悪いことをしてないはずのに。
「………なるほど。その認識構造については、別途調査が必要な事項ですね」
しばしの静寂の後、バルディは口を開いた。その視線は、自身の手元から動かしていない。
この悪魔、ちゃんと拒否せずに自分を、ダスノムを受け止めてくれている。それだけは何となく分かった。
「…最後に、お三方のお名前を、教えていただけますか」
それを聞かれて、ハッとした。確かに、バルディは名乗ってたが、こちらは名乗っていなかった。
「ハイーラといいます。一応、私がここの家主です」
「マールだよ〜」
「ぱ、ぺ、ペルセ、ですっ」
ハイーラとマールがあまりに自然に名乗るものだから、焦ってしまった。何だか、言葉の出し方がおかしくなった気がする。
「ありがとうございます」
バルディは視線を上げ、こちらを見てきた。その目は、最初とは違い、穏やかな目つきになっている。
同時に、手元にあるメモ帳を、そっと閉じた。




