エルフィーへの相談
実習授業を行った後、バルディは職員室へと戻った。次の授業は、昼休み明けなので、少し時間がある。
バルディは自身のデスクに戻ると、授業準備や諸々の書類確認を行っていた。すると、背後から軽薄そうな声が聞こえてきた。
「おう!生徒の間で噂のイケメン講師のお帰りばい!」
「…やめてください」
声の主を見ると、ケラケラ笑っているエルフィーだった。仕事に支障はないし、エルフィーも抱えてるタスクはないようだが、だからといってウザ絡みされても困る。
適当に流そうかとも思ったが、ふと先程の実習の中でできた疑問点があったので、ぶつけてみることにした。
「そういえば聞きたいことがありまして」
「ん?何ね?」
「獣人について、特色やそれを踏まえた育成のコツなどを聞きたいですが」
「…あ〜」
バルディが話題を出した途端、それまでニヤニヤしていたエルフィーの顔が、一気に真面目になった。そして、自身の方へと手招きをしてきた。
何だろうか。何か面白いデータでも見せてくれるのか。バルディは素直にエルフィーのデスクへと向かった。
エルフィーの後ろから、パソコンをのぞき見る。そこには、仕事中のバルディですら滅多に見ることがないような、高密度のデータが表示されていた。
「…これは?」
「ウチ、元々旅薬師やったし、今もオーダーメイドで薬作ることがあるっちゃけど、そん時最適解を確認する用に使う臨床データよ」
臨床データ。エルフィーの言っていることは理解できる。そんなデータがあれば、確かにオーダーメイドの薬品を作る上では、かなり役立つだろう。
だが、エルフィーの表示してきたデータは、量が尋常ではない。ざっと見ても、数千件程度の臨床データがありそうだ。
バルディも災害調査の仕事をしているゆえ、事故や災害が起きた時には、大量のデータを見ることなど珍しくない。分野が違うので安易な比較はできないが、魔界の職員達が出してくるデータよりもかなり整理されている印象だ。
そしてさらに、ある一点に目を引かれた。
「…待ってください。日付を見ると、比較的最近のものもありますが」
「そらあるやろ。別にデータ取りをやめたわけやなか。オーダーメイドの薬やけん、結局はその顧客の魔力の諸データを取ることは必要やけん」
エルフィーはあっけらかんと言っているが、恐らく本人はその意味とその価値を分かっていない。膨大な臨床データを、今なお更新し続けていることの意味と価値を。
バルディが唖然としていると、エルフィーは端末を手慣れたように操作し始めた。
「で、獣人の話やったな。人間界で確認されとる人外種族の過半数は、獣人の類いやけんね。データは特に多かばい」
そう言いながら、エルフィーはデータを種族ごとにカテゴライズしたらしく、種族欄に「獣人」と書かれているものだけが表示される。だが、そのデータの数も、やはり尋常ではなかった。
「まー、これ見たら分かるばってん、獣人と一口に言っても、肉食なのか草食なのか雑食なのか、脊椎なのか無脊椎なのか、どの動物を媒体とした獣人なのかによって、かなり個体差があるとよ」
そう言いながら、エルフィーはデータの一部分を示した。たしかに、データからしても、獣人と一括りにしただけでは、無視できないほど魔力の最大放出量や威力、そして下限量等のデータにかなり大きな差がある。
仮に災害調査のデータとしてこんな差の激しいものを部下から提出されたら、バルディは再調査を命じるだろう。
「で、何の獣人か分かるかい?」
「確か、狼の獣人です」
「狼ね」
バルディの答えを受け、エルフィーはさらにデータを絞った。そこには、狼の獣人のデータが詰まっている。そこまで絞ってもなお、百を優に超した数のデータが表示されていた。
「狼の獣人に限らずやけど、肉食獣の獣人って特に、個体差がかなり激しか。経験上でもデータ上でも、魔力の安定感に非常に欠ける印象やね」
「…確かに、平均値を取ったとしても、かなり精度が悪いようですね。データの散らばりが大きいというか…」
「どんな子か知らんばってん、とにかく制御訓練やね。人間方式の制御が全く当てはまらんとは言わんけど、どちらかと言うと抑制の訓練が大事やろね。残念ながら、エストラのカリキュラムは真逆やけど」
エルフィーはそう言いながら、パソコンを閉じる。
非常に、価値のある話だった。獣人という種族がゆえの特性は、ハッキリあるようだ。エルフィーの言うことをそのままダリスという少年に適用できるとは限らないが、少なくとも方向性は見えてきそうだ。
「…非常に助かりました。ありがとうございます」
「よかよか。こんなデータで役立つんなら、それで何よりばい」
エルフィーはそう言いながら、再びケタケタと笑う、軽い態度に戻った。
ーーーギャップの非常に激しい方だ。そんなことを思いながら、バルディは自身のデスクへと戻った。




