エルフィーの苦労
「ただまぁ、あなたも苦労が多かったとは思いますよ、エルフィー先生」
「ん?何ね、急に?」
すっとぼけたようなエルフィーの態度に、ラウラは呆れてため息をつく。
今のご時世ならば、種族での差別などご法度だ。
だが数百年前、自分とエルフィーがエストラで働き始めた頃は、まだレボルタ達が掲げていた人間至上主義の考え方が標準であった。むしろ、当時から人間と人外を区別なく受け入れていたエスカンの考え方が、当時としてはかなり異質であったと聞いたことがある。
「私がソロモニアから逃げてきたのと同様に、あなたもエルフゆえの苦労はあったんじゃないんですか?」
「あ〜…」
そう言われて、エルフィーは少し考え込んだ。
ラウラが店の端末を操作し、ハイボールのおかわりを頼んでいると、エルフィーはゆっくりと口を開いた。
「ウチが元々、流浪の旅薬師をやっとったのは知っとるやろ?」
「…流浪でなくなっただけで、今も薬を作ってますし、薬師であることに変わりないのでは?」
「そらそうばってん…いきなり話の腰ば折らんでよ…」
エルフィーはそう言うと、少し肩を落とした。
何だか今日は、口がよく回る。アルコールのせいだろうか。気を付けないと、不要なことまで言ってしまいそうだ。
「ま、ともかく。ウチは見ての通り人間じゃなかけんね。しかも一般的に言われるエルフとも、かなり見た目が違うとよ」
「えぇ。大体のエルフの女性は美形で、それこそモデルなどで活躍されるような方が多いですね」
可能な限りエルフィーの子供体型に触れないよう、言葉を選んだ。だがそれでも、エルフィーからは少し恨めしそうな視線を向けられてしまった。
正直、納得はいかない。だが、エルフィーも糾弾することはすぐ諦めたらしく、話を続けた。
「ま、そがんかことで文句言ってくる輩は、ウチが執筆した魔力薬剤の論文と、実際作った薬ば見せて、実力で黙らせてやったったい」
「…さすがですね」
「薬師界隈は、どんな効力の薬ば作れるか、それを量産できるか、っちゅうことが見られるけんね。論文の束でぶん殴っただけばい」
ーーー脱帽物の事実だった。
当時のラウラには、ドゥローラという国が保持していた元国家研究者、というかなり仰々しい肩書があった。そういう経歴があるのならば、少なくとも研究者として軽視はされないはずだし、ラウラが軽視されたことはない。
だが、エルフィーにはそんな肩書はない。だからこそ余計に、自分の旅薬師としての経験値と成果で、当時自分を見下してきた人間を叩きのめしたのだろう。
「…とはいっても、元々旅薬師として、人外達に色んな薬を売って回ってて、当時からそれに関するデータばとっとったとよ」
「データ?」
「あんたには見せたことなかったっけ?魔力を使っての開発と合成やけん、その相手の魔力傾向とか抵抗とか、その他諸々やね」
ーーーそういえば、あった。何回か見た記憶がある。
データ収集そのものはエルフィー個人で勝手にやっていることかもしれないが、研究者として聞くと、何度聞いても震えてしまう。
「…エルフィー先生。そのデータは、もしかして今もとり続けて…?」
「当たり前やろ。オーダーメイドの薬作ったりとか、エストラでの研究ネタとか授業ネタ探しにも役立っとるばい」
さらっと言っているが、エルフィーは相変わらず、そのデータの価値には気づいていないようだ。
ーーーこういうところは、呆れるほどに抜けている。
どう言うべきかと苦悩していると、エルフィーはケラケラと笑い始めた。
「ほら、追加の飲み物来たばい。また飲もうや」
「あ、はい」
話に熱中しすぎてて、頼んだハイボールが届いていたことに気付かなかった。ラウラはグラスを手に取り、再びハイボールを口に含むのだった。




