変わらぬ不器用な気遣い
イアノとバルディは、並んで静かな廊下を歩いていた。時折すれ違う生徒たちに挨拶をしながら、学長室へと向かっている。
バルディは変わらず感情を出すことなく、淡々と挨拶をしていた。だが、一部の女子達はそんなバルディの挨拶を受けて、若干アワアワしていた。そんな様子を見て、イアノは楽しそうに、しかし静かに笑っていた。
「…皆、いい子達ですわね」
「えぇ。きちんと挨拶もしてくれてる。教育が行き届いているのでしょう」
イアノが嬉しそうに呟いた言葉に、バルディも小さく頷いた。実際、ワタワタしたり、物静かな子供もいるのだが、小学生だというのに挨拶はきちんとしてくる。そこは、非常に好感を持てるポイントだった。
ーーーだが、次のバルディの言葉で、イアノは堪えきれなくなる。
「しかし、私が挨拶したら、女子生徒があんなにはしゃぐのはなぜでしょうかね…」
不思議そうに言うものだから、イアノは盛大に吹き出してしまった。
イアノはゴエティフス家ご令嬢であるため、自分が周りからどう見られるのか、どう見られるべきなのかをずっと考えながら、魔界の社交界を渡り歩いてきている。ゆえに、自分が客観的にどう見えるのかはかなりの精度で分かってるつもりだ。
だが、バルディにその視点はない。一般家庭の生まれである、というのもあるが、自己の客観視が実務上不要であったがゆえに、そういった習慣があまりないのだろう。
もちろん、公私混同を全くしない、という意味では、バルディの実務能力の高さに繋がってるのは間違いない。だが、バルディの場合は公私の私の部分が全くなく、プライベートでも態度が全く変わらない。
ーーーだからこそ、見てて面白いのだ。自分と肩を並べて働いてるバルディが、お嬢様育ちの自分や妹のヴァーレアとは違った性質を持っているのが、非常に興味深い。
「ふふふっ」
「…どうされました?」
思わず、笑いがこぼれてしまう。バルディが心底意味が分からない、と言わんばかりの態度なのが、余計に面白かった。
「いえ…あなたはあなたのままでいてくださいまし」
「?…はぁ…」
実際、バルディのこの性格は、実務と直結しているため、仕事面で考えても変えてしまうのは得策ではない。エストラの生徒達には悪いが、慣れてもらうしかない。
ーーー今日の五年三組で見たあの反応を見る限り、かなり時間はかかりそうだが。
すると、バルディは眼鏡をクイと持ち上げ、イアノへ視線を向けてきた。
「…イアノも、男子からの視線には気を付けたほうがよいかもしれませんね。大した男ではない私ですらこれですから、ゴエティフス家のご令嬢ともなると…」
「あら。うふふ…」
異性からの視線、というところには気付いていたようだ。実務に支障が出ては困る、という気遣いかもしれないが、バルディの口からそんな言葉が出たことに驚いた。
「…お気遣い、感謝いたしますわ」
イアノは小さく笑いながら、バルディに言った。バルディもそれだけで満足したらしく、それ以上何も追求してくることはなかった。
ーーーやはり、バルディとコンビを組むのは、気を遣わなくて済む。それゆえ、非常に気楽で、信頼できる。
そんなことを考えながら、静かに廊下を歩いていった。




