サトゥニアの影
その後の食事の味は、何だかよく分からなかった。
マールもハイーラも、一言も発さず、ただひたすらに、目の前の食料を食べることしかしなかった。
ーーーまるで、何かに追われてるように。
食器の触れ合う音だけが、静かな空間に響いていた。
せっかくの美味しい食事が、何だか台無しにされた気分だ。
「…食べ終わったんなら、さっさと片付けるわよ」
食べ終わると、ハイーラは急いで、ペルセ達の使っていた食器を回収してきた。その手付きは雑ではないが、何だか余裕がない。その表情からは、いつもの優しさは感じられなかった。
ハイーラを食器を洗い始める。しかし、いつものように鼻歌を歌いながらのんびりやる感じではなく、とっとと済ませたい、と言わんばかりに、水音をたてながら、次々に食器を片付けていく。
「…ハイーラさん、怒ってるのかな…」
「…ん〜…まぁ、さっきのことがあったからね〜」
テーブルを拭きながら、思わずそんな言葉が出る。その言葉を、床掃除しているマールに思い切り聞かれてしまった。
「そういえば、サトゥニアって、何?」
「え…もしかして、知らないの〜?」
それが、先程から気になって仕方がない。純粋な質問としてマールにぶつけてみると、マールはペルセを見て、呆然としている。まるで、知らないことがおかしい、とでも言いたげだ。
そんな表情をされても、知らないものは知らない。
「あ〜…ん〜…そうだね〜…」
何だか、マールの歯切れが悪い。視線が泳いでいる。どう言おうか、迷ってるのだろうか。
「…この、アスティアノを含めた、魔界全てのトップがいる町、ってところかな〜」
「トップ?…偉い悪魔達がいる、ってこと?」
「まぁ〜…そういうこと〜」
偉い悪魔たちがいる。ここよりも、上がある。
何だか、想像がつかない話である。
しかしながら、なぜ、あんなにハイーラが取り乱したのかは、分からない。
「…普通は、関わってこないの」
「え?」
食器洗いを終わらせたハイーラが、話に入ってきた。その手には、お茶とお菓子が用意されている。
関わってこない?でも、現にバルディと名乗る男はーーー
「私達アスティアノの悪魔でさえ、関わることはほぼないのよ、サトゥニア関係とは」
「そ、そうなの…?」
「ましてや、向こうから遣いを送ってくる、なんてことは…」
そう言いながら、ペルセの拭いた机の上に、お茶とお菓子を置く。
お茶の入った容器からは、湯気が立ち上っている。お菓子からも、甘い匂いがした。食事後でなければ、思わず手を伸ばしていたかもしれない。
「…この、アスティアノで…ううん、この場所で、大事件が起こった。それを、サトゥニア側の悪魔が、認識してる、ってことよ」
ハイーラは静かに、しかしハッキリと、低い声で言った。
大事件…あの、アンドレイスとか言う男が、いきなり襲ってきた件だろうか。ペルセには、そのくらいしか心当たりがなかった。
「…多分、アナタに話が一番振られるわ」
「私に?」
どうして、自分なのだろうか。この中で、一番子供なのに。事件を起こすなんて、そんなことできないのに。
「ここ数日見てたけど、あなたの魔力は、私やマールのものとは全く違うのよ。それが、今もなお漏れ出てる」
「…違いとかあるの?」
そもそも、自分にそんな魔力があるのか。まるで、実感がない。
しかし、言われてみると、確かに前と比べて、体の中から何かが漏れてる感覚はあった。じわじわと、内側から何かが滲み出てくるような、そんな感覚が。
「…多分、あのバルディって男も、それに気付く。その先がどうなるか…正直、予想がつかないわ」
ハイーラはそこまで言うと、こめかみを指でおさえた。頭が痛いのだろうか?
そう思っていると、来客を知らせる鈴の音がなった。その音で、約束の時間が来ていたことに気付く。
同時に、部屋の空気が張り詰めた気がする。
「掃除道具、片付けてきなさい。…私が、対応するから」
先程と違い、ハイーラは覚悟を決めたような表情で、玄関へ向かう。
ペルセは、持ってた雑巾を慌てて片付けた。
「すみませぇ〜ん、お待たせしてしまいました〜」
「失礼します」
ハイーラの高い声と共に、バルディが部屋の中に入ってきた。




