最強の遣い
「…何かしら?」
「今日、来客の予定なんてあったっけ〜?」
「いや…」
部屋に響いた音に、ハイーラは思わず顔をしかめる。
今までも、ハイーラが頼んでたものが届いたとかで、この音が鳴ることはあった。しかし、ハイーラの様子からすると、今回は違うようだ。
「…ったく…何なのかしら」
ハイーラは少し面倒そうに、玄関に向かった。その様子を、ご飯を頬張りながら眺める。
ーーーそういえば、自分が初めてここに来た時も、こんな感じで対応してたのか…。
そんなどうでもいいことを考えていると、扉の向こうから穏やかな、しかしどこか強い男の声が聞こえてきた。
「どちら様?」
「突然の訪問、失礼します。私、サトゥニアの遣いとして参りました、バルディ、と申します」
「…………はい?」
その一言で、ドア越しに対応しようとしたハイーラと、ペルセの隣に座ってるマールの空気が、明らかに変わった。
「さ、サトゥ、ニア…!?」
「サトゥニアって、もしかして〜…?」
ハイーラはともかく、いつも動じないマールも、冷や汗をかいている。
一体、何なのか。ペルセには、分からない。
状況説明を求めるように、マールに視線を向けた。しかし、マールは呆然としているのか、ハイーラの方から視線を外さなかった。
「先日起こりました、大規模な魔力乱れについて、お話をお伺いできればと思っていますが…」
扉の向こうから聞こえる声は、相変わらずの調子だ。しかし、対応しているハイーラは、面白いくらいにあわあわしていた。
「ど、どどどっど、どうしよう!?サトゥニアから!?どうしましょう!ねぇ、マール!?」
「えっ!?ちょっと〜、私に聞かれても困るよ〜…」
ハイーラは頭を振り乱しながら、マールにも矛先を向けてきた。しかし、当のマールも、いつものようなのんびり口調ではいられないようだった。心なしか、いつもより声が硬い。
サトゥニアとはーーー一体、何なのか。
「…もしや、都合が悪かったでしょうか?アポも取らずにいきなり来てしまい、誠に申し訳ございません」
「え、あ、いや、そ、そんな…」
バルディと名乗る男の声は、慌てるハイーラとは対照的に冷静である。
しかしながら、少し困ってるようにも聞こえる。なぜか分からないが、そう感じた。
「…いま私達ご飯食べてる途中だし、後に回すことって、できないの…?」
何気なく、自分の思ったことを言ってみた。その瞬間、勢いよく二人の視線が自分に向けられた。
「…それ、いいアイディア〜」
「その手が、あった…!!はぁ…はぁ…」
マールはともかく、ハイーラはこの一瞬の間で、肩で息をするようになってしまっており、言葉を紡ぐのもやっとのようだ。
ーーーサトゥニア、という言葉が、それほど怖かったのだろうか。
「…あの…?」
「…す、すみませ〜ん、今、食事をしてるところでして〜…。片づけなどもありますので、少し、お時間いただけますか…?」
ハイーラは必死に息を整えながら、扉の向こうにいる存在に話しかける。
扉の向こう側にいるバルディの反応は見えなかった。
何だか、いやに沈黙が長く感じる。
「…かしこまりました。タイミング悪い時間に訪問してしまい、申し訳ありません。適当に時間を潰してきますので…どのくらいあれば、準備は完了されるでしょうか?」
「えっ?う〜ん…」
ハイーラは唸りながら、部屋にある時計に視線を移す。時計が時刻を刻む音が、やけに大きく聞こえる。
「…1時間、くらいですかね」
「かしこまりました。1時間ですね。では、1時間後に、改めてお伺いさせていただきます。突然の訪問、失礼いたしました。では、後程」
バルディはそこまで一気に言い切ると、一瞬にして扉の向こう側から気配を消した。まるで、最初からそこに誰もいなかったかのように。
玄関に、元の静かな空気が戻る。
「…はぁ〜〜〜〜〜〜〜…」
ハイーラが、盛大にため息をつき、脱力して玄関に座り込んだ。それほど、緊張していたのか。
隣にいるマールも、あからさまにホッとしたような顔だ。
何だか、自分だけ置いてけぼりだ。少し、寂しい。
「…準備、しなくちゃね」
ハイーラは静かに、しかし重苦しい様子で呟いた。




