トラウマへの向き合い
息が浅くなる。ついさっき食べたものが、喉から逆流してくる錯覚を覚える。
手が震え、まともにフォークを持てなくなる。フォークが、皿の上に落ちた。
「ペ、ペルセ、ちゃん…?」
ハイーラの心配そうな声が耳に入るが、それに応える余裕はない。
次第に、周りの音が遠くなっていく気がした。
「…何で、あの、男が、私を…」
ダスノムで、アスティアノで、自分を理不尽に襲ってきた、あの男。その顔が、頭の中をよぎった、その瞬間ーーー
ペルセは、椅子から崩れ落ちてしまった。
「ペルセちゃん!?」
ハイーラが慌てて駆け寄ってきた。しかし、その声も聞こえず、表情も見ることはできなかった。
視界が狭まる。いつもより早い心臓の音だけが、やけに頭の中に大きく響く。
「はぁっ…はぁっ…!!」
「ペルセちゃん、落ち着いて…!ゆっくり、息をしなさい…!」
ハイーラが優しく背中を擦ってくる。一定のリズムで、ゆっくりと。
ペルセは肩を上下させつつ、何とか息を落ち着けようと頑張った。
「…こりゃ〜…想像した以上に、深そうだね〜」
椅子から全く動かないまま、マールはその様子を見ていた。ただし、ご飯を食べる手の動きも止まっていた。ぼんやりと見える表情は、いつもより少し真剣そうだった。
「ごめんね…イヤなこと思い出させちゃって…」
「だ、だいじょう、ぶ…」
しばらくハイーラに撫でてもらってると、乱れていた呼吸が落ち着いてくるのを感じた。マールの包みこんでくる優しさとは違う。ハイーラのは、温かさの中に冷静さも混ざったような優しさだった。
「…ペルセちゃん、立てる?」
「…………うん。…ありがとう」
しばらくして、ペルセはハイーラの支えもあって、息を完全に整えることができた。そのまま、改めて椅子に座り直した。
落ち着いてみると、再び温かい食事のいい香りが感じ取れた。食べかけの食事が、視界に広がる。
「…思い出したくないなら、無理にこれ以上は聞かないわ」
「うん…」
そう言って、ハイーラも席につき、再び自分の食事を食べ始めた。マールも、何事もなかったのように食事を再開した。
そんな二人の変わらない様子に、ペルセとしては、申し訳無さを感じていた。
ペルセは、落としたフォークを改めて手に取り、食事を再開した。しかし、その胸の内に、引っ掛かりは残っていた。
ーーーこれだけは、言わなければ。
「…あの、ね…」
少しの間を置き、ペルセはおずおずと口を開いた。それを聞いたハイーラとマールは、ほんの一瞬手を止めた。
しかし、圧を与えないためなのか、ハイーラは先程と違い、視線はこちらに向けてこなかった。それがある意味、気楽だった。
「…マールさんに、会う前に…その、アンドレイス、だっけ?この前、襲ってきた男に、ダスノムで、会って…。怖いー!!って、思っちゃって…」
一言で済ますつもりだった。しかし、自分でも、頭の中が上手く整理できていない。言葉が、うまく出せない。何を伝えたいのか、分からなくなってきた。
しかし、それでもーーーマールもハイーラも、何も言わず、静かに聞いてくれている。
「…でも、ダスノムの時は、なんだろう…。死にたくないー!って、感じ、だったんだよね…」
「…死にたく、ない?」
「うん…」
自分としても、かなり曖昧な感覚だ。二人にとって、なんの実りにもならない情報ではないか。そう思ったが、言わずにはいられなかった。
「…ん〜…これは、どうなんだろうね〜」
「何とも、言えないわね…」
しかし、二人の反応は、思っていたものとは少し違っていた。
ーーーこれで、良いのか。
ペルセには、判断ができなかった。
そんな中、来客を知らせる、無機質な鈴の音が、部屋に響き渡った。




