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最底辺の悪魔は世界を見る~ペルセの旅路~  作者: ルゥナ
第二章 上位の町・アスティアノ
36/59

トラウマへの向き合い

 息が浅くなる。ついさっき食べたものが、喉から逆流してくる錯覚を覚える。


 手が震え、まともにフォークを持てなくなる。フォークが、皿の上に落ちた。


「ペ、ペルセ、ちゃん…?」


 ハイーラの心配そうな声が耳に入るが、それに応える余裕はない。

 次第に、周りの音が遠くなっていく気がした。


「…何で、あの、男が、私を…」


 ダスノムで、アスティアノで、自分を理不尽に襲ってきた、あの男。その顔が、頭の中をよぎった、その瞬間ーーー


 ペルセは、椅子から崩れ落ちてしまった。


「ペルセちゃん!?」


 ハイーラが慌てて駆け寄ってきた。しかし、その声も聞こえず、表情も見ることはできなかった。


 視界が狭まる。いつもより早い心臓の音だけが、やけに頭の中に大きく響く。


「はぁっ…はぁっ…!!」

「ペルセちゃん、落ち着いて…!ゆっくり、息をしなさい…!」


 ハイーラが優しく背中を擦ってくる。一定のリズムで、ゆっくりと。

 ペルセは肩を上下させつつ、何とか息を落ち着けようと頑張った。


「…こりゃ〜…想像した以上に、深そうだね〜」


 椅子から全く動かないまま、マールはその様子を見ていた。ただし、ご飯を食べる手の動きも止まっていた。ぼんやりと見える表情は、いつもより少し真剣そうだった。


「ごめんね…イヤなこと思い出させちゃって…」

「だ、だいじょう、ぶ…」


 しばらくハイーラに撫でてもらってると、乱れていた呼吸が落ち着いてくるのを感じた。マールの包みこんでくる優しさとは違う。ハイーラのは、温かさの中に冷静さも混ざったような優しさだった。


「…ペルセちゃん、立てる?」

「…………うん。…ありがとう」


 しばらくして、ペルセはハイーラの支えもあって、息を完全に整えることができた。そのまま、改めて椅子に座り直した。


 落ち着いてみると、再び温かい食事のいい香りが感じ取れた。食べかけの食事が、視界に広がる。


「…思い出したくないなら、無理にこれ以上は聞かないわ」

「うん…」


 そう言って、ハイーラも席につき、再び自分の食事を食べ始めた。マールも、何事もなかったのように食事を再開した。

 そんな二人の変わらない様子に、ペルセとしては、申し訳無さを感じていた。


 ペルセは、落としたフォークを改めて手に取り、食事を再開した。しかし、その胸の内に、引っ掛かりは残っていた。


 ーーーこれだけは、言わなければ。


「…あの、ね…」


 少しの間を置き、ペルセはおずおずと口を開いた。それを聞いたハイーラとマールは、ほんの一瞬手を止めた。

 しかし、圧を与えないためなのか、ハイーラは先程と違い、視線はこちらに向けてこなかった。それがある意味、気楽だった。


「…マールさんに、会う前に…その、アンドレイス、だっけ?この前、襲ってきた男に、ダスノムで、会って…。怖いー!!って、思っちゃって…」


 一言で済ますつもりだった。しかし、自分でも、頭の中が上手く整理できていない。言葉が、うまく出せない。何を伝えたいのか、分からなくなってきた。


 しかし、それでもーーーマールもハイーラも、何も言わず、静かに聞いてくれている。


「…でも、ダスノムの時は、なんだろう…。死にたくないー!って、感じ、だったんだよね…」

「…死にたく、ない?」

「うん…」


 自分としても、かなり曖昧な感覚だ。二人にとって、なんの実りにもならない情報ではないか。そう思ったが、言わずにはいられなかった。


「…ん〜…これは、どうなんだろうね〜」

「何とも、言えないわね…」


 しかし、二人の反応は、思っていたものとは少し違っていた。


 ーーーこれで、良いのか。


 ペルセには、判断ができなかった。


 そんな中、来客を知らせる、無機質な鈴の音が、部屋に響き渡った。

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