魔王のつぶやき
鍛錬場に戻ると、すでにペルセは鍛錬メニューを終わらせたところだったらしく、道着姿のままでベンチに座り、ゴクゴクとジュースを飲んでいた。
ペルセが小さな手でボトルを傾け、喉を鳴らしながらジュースを飲んでいる。そんな穏やかな光景が広がっていた。
「…おう、戻ったぞ。鍛錬は終わったみたいだな」
「お帰りなさい、魔王様」
サトゥニアが声をかけると、ペルセの隣に座っていたデメナが、いち早く返答してきた。
しかし、クロニオスがいない。どこに行ってしまったのだろうか。
「デメナ。クロニオスはどこだ?」
「主人でしたら、あちらにいますよ」
デメナがそう言って指差した方向へ視線を向けると、少し離れた場所でスーツを脱いで筋トレに励んでいるクロニオスの姿があった。
「…アイツは何してんだ」
「ペルセさんの鍛錬を見たあとは、いつもああですよ。一度体がうずくと、熱を発散してやらないと落ち着かないらしくて」
「ったく…あの筋トレバカが」
サトゥニアは呆れたようにため息をついた。
自分も筋トレすること自体は好きだが、なぜわざわざ父娘の時間でやってるのか。しかもデメナの口ぶりからすると、日常風景らしい。
「あれ?サトゥニアさん、お帰りー」
すると、ようやくペルセがこちらの存在に気付いたらしく、無邪気な笑顔でこちらを見てきた。その頬には、鍛錬で吹き出したであろう汗が滴っていた。
ーーー心底、楽しんでいることが分かる。親子の時間、というのもあるのかもしれないが、何よりも純粋に、自らの成長を喜んでいるのかもしれない。
「…今日も頑張ったな、ペルセ」
「うん!!」
そう声をかけてやると、ペルセは大きく頷いた。そして再び、ジュースを飲み始めるのだった。
「魔王様、それはそうと…先程、何かあったのですか?少し慌ててたようですが」
「…やはり、お前にはお見通しか」
デメナが心配そうに声をかけてくる。デメナの魂魄観察の前では、例え魔王である自分であったとしても、デメナが探れば感情など丸裸なのだろう。
そうでなくとも、普段からの様子を知っている聡明なデメナなら、違和感を感じてもおかしくない。
「単純な話だ。ヨルゼフ国王から、問い合わせが来たんだよ」
「問い合わせ?」
「ヴァーレアの事件に関しての問い合わせだ。どうやら、ラウラから情報を流されたらしくてな」
本来なら、聞かれたからといって素直に答えるような内容ではない。だが、今回は質問者が最高幹部の一角であるデメナなのだ。
ましてや、今回のソロモニア事件では、娘であるペルセと、直属の配下であるイアノが巻き込まれた関係者でもある。黙っている方が不誠実だろう。
「ラウラさんが…」
「だから『本当です』と言っておいたし、ちゃんとした根拠資料も送る。それでどうなるのかは、まぁこれからだが…」
サトゥニアはそう言うと、ジュースをゴクゴク飲んでいるペルセへと視線を向けた。ペルセは視線に気付くと、ボトルから口を離さないまま、不思議そうに首を傾げていた。
「…近いうちに、ソロモニアはなくなるだろうな。この一発が…まさに、『ダメ押し』だ」
サトゥニアは、静かにそう呟いた。デメナですら意味が理解しきれなかったらしく、こちらを不思議そうな表情で見つめる。
だが、それで良い。人間界の一国が崩壊の道を歩んでることは、まだデメナが知るべきではない。自分と、クロニオスだけが知っていればよい。
サトゥニアは、鍛錬の天井を見上げたまま、しばらく動かなかった。




