御者の忠告
エルフィーは体の震えを覚えた。
別に、敵意を感じたとかではない。だが、相手の声があまりにも冷たすぎたのだ。
とはいえ、相手にも無闇にトラブルを起こしそうな様子はない。エルフィーは雑念を振り払うように咳払いをし、口を開いた。
「特に用があるわけやなか。たまたま仕事で近くに来たけん、噂に聞く惨状を覗きに来ただけばい」
「惨状、か…この国で何が起きてるのか、君は知ってるのか?」
「まあ、噂になってるくらいの話やったら」
エルフィーはあっけらかんと答えると、相手の男は少し眉を寄せた。不思議に思いながら見つめていると、御者はさらに言葉を投げてきた。
「観光目的でないならそれでいいが…悪いことは言わない。すぐに帰れ」
「元からそんつもりだったばってん…そげんまずかことが起きとーと?」
エルフィーが尋ねると、御者は周囲を見回した。まるで、これから内緒話でもするかのように、周りを警戒している。
「この国には、もうまともな人間は残っていない。兵士も、研究者も、ソロモニア以外の魔術師も、そして権力者も。…皆、レボルタを見捨てて、国外へ出ていってしまった」
「あ、そげん一気に出ていったと?」
「残っているのは、国外へ逃げるだけの蓄えがない貧乏人と、商品として入荷されていた奴隷だけだ」
それを言われ、先程からちらほら見かける人外の奴隷達の顔が、脳裏をよぎる。大人ももちろんいたのだが、大半は子供だった。
ーーー国の繁華街がこの有様では、ドゥローラの保護は期待できないだろう。そんなことを考えていると、御者の言葉が追加で続けられた。
「私もとある貴族に仕える身なのでな。最後の主の私物をもって、これから国を出る。…直に、この国は空洞化するだろう。ここで何か商いを始めるつもりなら、止めておくんだな」
「…ご忠告ありがとう。元からそんな気は一ミリもなかけん、大丈夫よ」
「だろうな。あのレボルタが、エルフを相手にそんな権利を認めるとは思えない」
そこまで話すと、御者は再び周囲を見る。
余程、周りが気になるのだろうか。
「…もしかして、聞いちゃまずかったやつ?」
「いや、そういうわけではない。だが、残らざるを得ない国民に迂闊に聞かせて、無用なパニックを誘発するのは、不本意なだけだ」
「そう…」
「だが、その国民ももうわずかしかいない。近いうちにドゥローラという国そのものがなくなるだろう」
御者はそこまで言うと、エルフィーから視線を外した。
ーーー話はここまで、ということか。エルフィーは馬車が通るのに邪魔にならないよう、馬車の前から移動した。
「先ほども言った通り、なるだけ早く帰れ。こんな国に、もはや長居は無用だ」
「分かっとる」
「じゃあな」
御者はそれだけ言うと、再び馬車を走らせる。かなりのスピードで繁華街を駆け抜けている。
馬に引かせているワゴンの中には、前からは見えなかったのだが 、確かに隙間から財宝のようなものも見える。
ーーー端から見たら、火事場泥棒に見えなくもない。だが、わざわざ馬車を準備してまでやるとは考えにくいため、その考えはすぐに頭から消えた。
「…ホントに、長居は無用みたいやね」
エルフィーは馬車を見送った後、自分も帰路へとつくことにし、踵を返すのだった。




