支柱崩落
「…負けてられるか…!!」
レボルタは魔界との通話を一方的に切った。あんな自然の摂理も理解できない、言葉を話すだけの下等な種族に、自分達が負けるはずがない。
屈辱と、怒り。そして反骨心。三つの感情がぶつかり、レボルタの体は震えている。
きらびやかだったドゥローラの王宮も、心なしか薄暗く感じる。その中にある人の気配は、日々減っていた。
玉座の前に積み上がっているのは、大量の離職届。ソロモニアではない、国の兵士や役人達が、次々と王宮を離れている。国を裏切る者達を裁こうにも、兵士を派遣することができず、探しにも行けない。
「なぜだ…なぜ…!!」
分からない。どう考えても、自分が世界一正しい。人間こそ、人間界の頂点に立ち、他の種族を支配するべきだと言うのに。なぜ、皆それが分からないのか。
「くそっ…!!」
レボルタは机を蹴ると、乱暴に立ち上がり、王宮の窓から外を眺める。
城壁に囲まれて見えないが、もはや誰も管理していない王宮の庭に、放棄された人外の奴隷達がたむろしている。
ーーー人外、ましてや奴隷風情がこんなところに入ってくるなど、不愉快極まりない。排除しなければ。
そう思っても、排除するだけの戦力はない。
「…絶対的な、正義…!!正義は明確にこちらにある…!!」
しかしそれでも、レボルタは信じていた。最後に笑うのは、下等な悪魔がいる魔界でも、猿の国王がいるエスカンでもなく、自分達ドゥローラだ、と。だが、そのための作戦は、何一つ思いつかなかった。
「レボルタ陛下」
「…何だ」
すると、後ろから声をかけられる。そこにいたのは、ドゥローラの政財界に影響を及ぼす、国内有数の有力者達だった。入ることを許可した記憶はないが、この者達の力を借りれば、まだ勝ち目はあるかもしれない。
この者達を通じて、エスカンや魔界の非道さ、倫理の無さを宣伝してやればーーーレボルタはそんなことを考えていた。
「…もう、降伏しませんか?人間が上だとか、悪魔が下だとか…。そんなことを言ってる場合ではないですよ」
ーーー正気を疑った。
降参。つまり、エスカンの猿や魔界の悪魔達にひれ伏せ、ということか。自然の摂理に逆らう者達に、高尚な自分達が屈服するというのか。
「…ふざけているのか」
「ふざけてなどいません。そもそも国際的に見て、人外を奴隷販売する国など、昔は多かったようですが、今ではむしろ少数派なのです。…これを機に、国王陛下が変わりませんか?」
「ふざけるな!!」
あまりの物言いに、レボルタは大声をあげてしまった。こんなこと、ふざけてると言わずして、何というのか。
しかし、声をあげても、もう有力者達は動いてくれない。ただ静かに、ため息をついただけだった。
「…これが最後の温情と思いましたが…あなたがそう返すなら仕方ありません」
そう言うと、それぞれの有力者達が、懐から一枚の紙を取り出し、各々がレボルタに手渡してきた。
中身を見ると、「財産移譲」や「本社移転」、そして「転居」の文字が躍る書類だった。
ーーーまさか。
最悪の可能性を想定し、レボルタは唸りながら有力者達を見つめた。
「ソロモニアに研究施設を丸ごと譲渡した件があってから、私達は周辺国へ財産や人材を移転していました。もしあなたが変わってくれるのなら、国外からでも支援しようかと考えておりました。ですが…」
有力者の一人がそう言う。レボルタは思わず、震えながら書類を握り締めてしまう。
裏切るのか。国を捨てるのか。貴様らをここまで栄えさせてやったのは誰だと思っている。
そう言葉にしたくても、口は震えるばかりで、言葉を紡いではくれない。
しかし、相手は難なく言葉を紡ぎ続けた。
「…もう、無理です。アナタの大事なソロモニアと、沈みゆく泥舟にしがみついてればいいんです。私達は一足先に、失礼しますよ。もう、私達はドゥローラ国民ではありませんので」
「待て…!!おい!!」
それだけ言うと、有力者達は一斉に踵を返し、その場を離れていく。レボルタが呼び止めようとするも、誰一人として歩みを止めなかった。
「…なぜ…!?なぜだぁぁぁぁっ!!」
紙の束を見ながら、頭を抱える。
なぜ、皆離れていくのか。なぜ、摂理に従っている正しい自分がこんな目にあっているのか。
いくら考えても、分からない。レボルタの情けない叫び声が、王宮内に虚しく響いた。




