手紙の授受
その日の夜、ゴエティフス家の屋敷の個室にて。
すでに食事も風呂も済ませたヴァーレアが、今日も人間界から持ってきたデータをもとに、様々な思考実験を行っていた。
実験器具や研究環境までは、さすがに持ってくることはできなかった。しかし、ノートに記した内容や、ラウラと共有したデータや記憶などをもとに思考し、議論した結果をメモすることくらいは、どこでもできる。
「でさ、この実験結果についてなんだけど、やっぱり数値がおかしくない?」
「えぇ。ですが、この結果だけで断定するにはまだ早計すぎます。もっとサンプル数を取らねばなりませんね」
「そうだね。これだけじゃ足らなさ過ぎる。戻ったら即実験だね」
部屋にいるのは、ラウラの肉体を借りたヴァーレア一人である。だが、精神世界にラウラがおり、部屋にある鏡にその姿を現している。普段とは逆の立場であるため、少し新鮮ではあったが、そんなことは気にもならない。
ラウラとの議論も、飽きるものではない。
ヴァーレアとて、ゴエティフス次女として受けてきた魔界の教養を持っている。だが、ラウラも数百年の間、人間界で研究し続けている人間の魔力運用論の豊富な知識を有している。
二つの観点から議論するため、議論は驚くほどに白熱しながらも、楽しいものだった。
議論に夢中になっていると、部屋の扉がノックされる。熱が入り過ぎて、少し騒ぎ過ぎただろうか。ヴァーレアは慌てて、口を塞ぐ。
「ヴァーレア、私です。研究の議論が白熱してるところ申し訳ないのですが、あなた宛てにお届け物ですわ」
「お届け物…?」
声の主は、姉であるイアノだった。ヴァーレアは慌てて扉を開いた。
扉の先には、手紙を持ったイアノがいる。手紙の封は破られた跡があり、すでに誰かが開封した後で、再度封をしたことが分かった。
「手紙…?」
「えぇ。魔王様宛てのお手紙だったのですが…差出人をご覧くださいませ」
イアノに言われるがまま、ヴァーレアは手紙の差出人欄を見た。
「…ヨルゼフ・エスカン…え!?国王から!?」
「国王陛下から…?」
その名前を見て、ヴァーレアは思わず議論していた時よりも大きな声を出してしまった。その声に驚いた様子で、ラウラも鏡の中で呟いた。
「えぇ。魔王様宛に、情報共有として回ってきたものだそうですわ。私も中身は見ていませんが」
「これ、ボクが受け取っていいヤツ…?」
ヴァーレアは震えながらイアノに尋ねる。
魔王サトゥニアに直接出された書簡。それの意味が分からないヴァーレアではない。そんなものを、自分が受け取ってしまってよいのか。しかも、中身も魔王サトゥニアが見ているということなのか。
だが、対照的にイアノは冷静だった。
「むしろ、あなたがたが持っておくべき、という魔王様のご判断のようですの。私もデメナ様からの伝聞系ではございますが」
「えぇぇぇぇ…!?」
「確かに、お渡ししましたわよ。では、お休みなさいませ」
ヴァーレアが呆然としている間に、イアノはそのまま扉を閉めてしまった。
言うだけ言って、いなくなってしまった。
止まっていても仕方がない。ヴァーレアは元々座っていた椅子へと戻り、深くため息をついた。




