魔王の葛藤
二日後。
魔界の玉座に座り、今日も魔王としての業務に追われるサトゥニアの元に、アモディエナが一通の手紙を持って、近付いてきた。
「魔王様。お時間よろしかったでしょうか」
「どうした?」
「ヨルゼフ・エスカン陛下より、お手紙が」
「…寄越せ」
ヨルゼフからの手紙。思えば、ソロモニアで囚われていた悪魔を取り戻してから、すでに一週間は経っている。その間に、人間界で大きな動きでもあったのだろうか。
アモディエナが差し出してきた手紙を、半ば奪い取るようにして受け取ると、雑に封を破る。
中には、丁寧に三つ折りされた手紙が入っている。サトゥニアはそれを広げ、中身を読んだ。
悪魔という後ろ盾を失ったソロモニア、それに寄りかかっていたレボルタの軍事基盤の崩壊。
そして、国家研究者を蔑ろにしたことによるエスカンへの流出。さらには、そこまで追い込まれても現実を直視しない、レボルタの愚かな姿勢。
ーーー統治者として考えると、ドゥローラの環境は、考えうる限り最悪の状況であろう。
魔界の悪魔の魔力を失ったことで、軍の戦力的なバランスは崩壊している。ソロモニアを再建しようにも、魔界から追放した悪魔は、全て回収しているゆえ、人間界で新たに悪魔を探すのも困難であろう。
「…ソロモニアに誘拐されていた悪魔を取り戻しただけで、随分な大事になったものだ…」
静かにそう呟くと、手紙を読んだサトゥニアは、元通りに三つ折りにし、封筒の中へと戻した。
「魔王様…?」
不思議そうにしているアモディエナに、その封筒を手渡す。自分が持っててもよいが、もっと知りたがってる者がいるだろう。
「その手紙、デメナを介してイアノに渡せ」
「イアノに、ですか?」
「ゴエティフス家にて保護してる、ラウラ達がいるだろう。俺が口頭で伝えるよりも、エスカン国王直筆の手紙の方が、信用度は高いはずだ」
「…かしこまりました」
アモディエナは一礼すると、手紙を持って玉座を出た。
サトゥニアは一人になった玉座の間で、ため息を吐きながら背もたれに寄りかかる。
ーーーエスカンの国王と、ドゥローラの国王。猿の獣人と、人間の国王。同じ人間界の国王だというのに、どうしてこうも真逆なのか。レボルタという男の国王としての器は、魔王として就任したばかりの頃の自分と比べても、段違いに小さく見える。
サトゥニアの頭の中に、会合の時のペルセの言葉が反芻する。
『…私は、できることなら人間と仲良くしたい。悪いことをしたなら、ちゃんと謝って、償ってほしい』
ダスノムという、まともな教育を受けられなかった環境で幼少期を過ごした子供であるペルセでさえ、この言葉を言ったのだ。
「…済まない、ペルセ」
だが、謝って償わせる、というペルセの希望を叶えてやることは、不可能だ。サトゥニアは天井を見上げながら、誰も聞くはずのない謝罪の言葉を述べる。
ならばせめて、仲良くしたいという希望だけは、叶えてやらねばならない。それが魔界の王として、そしてペルセの身内としてもできることであろう。
そう信じ、サトゥニアは目の前に積み上がる魔王の業務を、再開するのだった。




