サビへの突入
「ソロモニアは何とかして、今回の失態を埋めようとしております。魔界からの召喚を試みようともしていたそうですわ」
「え…?それ、大丈夫だったの?」
魔界からの悪魔召喚。かつて、自分を無理矢理人間界へと呼び寄せた、あの召喚術。
数百年経った今なら、研究が進んで、もっと召喚成功率が上がっていてもおかしくはない。ヴァーレアの頭で、最悪の想像がされてしまう。
しかし、イアノは静かにクスリと笑うだけであった。
「もちろん、大丈夫ですわ。アナタの一件があって以降、強制的な召喚…あとは口寄せの類ですわね。そういった術式に対する防護膜を、ダスノム、ベリアス、アスティアノの各町に張り巡らせておりますわ」
「あ、そうなの?」
「魔界からの誘拐が自由にできる状態を、そのまま放置しておくわけにもいきませんからね。結果として、人間と悪魔の契約文化が廃れることにはなりましたが」
そう言うと、イアノは机に置いてあるコーヒーを一口含んだ。
自分と同じ、微糖で苦味が強めのコーヒー。イアノはそのコーヒーをしっかり堪能したあと、再び口を開いた。
「まぁ、昔は従うふりをして契約をし、人間の魔力を吸い取ったりして不正に強くなる、狡猾な弱小悪魔もいましたから、基本的には廃れてよかったのかもしれませんわ。あなたのように、自ら望んで人間と対等な関係を築けるような契約関係は、例外中の例外ですから」
「あ〜…まぁ、それもそうだね。それはよく分かってる。ボクはランちゃん相手だから契約したわけだし、だからといってランちゃんをどうこうしようなんて微塵も思ってないし」
「…それを平気で言えるあたり、本当にラウラさんのことを大切にされてるんですわね」
「えへへ。ランちゃんといると飽きないし、楽しいからね!ランちゃんのこと、大好きなんだよ!」
ヴァーレアが素直にそう答えると、頭の中でラウラの声が聞こえてくる。その声色は、少し不機嫌そうだった。
「ヴァーレア。余計なことを言わないでください」
ーーーその一言。ラウラからのコメントは、それだけだった。でも、それで十分だった。
数百年間も肉体を共有し、共にいたから分かる。口下手で感情表現の薄いラウラなりの、照れ隠しだ。ヴァーレアはイアノにバレないように、静かに笑った。
「話を戻しますと、ソロモニアは悪魔召喚もできない、人間界にいた悪魔は連れて帰られてしまった、という状態ですからね。少なくとも、政府の中枢やそこに近い場所にいる人間達は、勘づいてるようですわよ」
「そりゃそうだ。気付かないわけがない」
「複数の国内の有力者が水面下で不審な動きを見せてる、という話もあるようですわ。さすがにどんな動きかまでは分かりませんでしたが」
「ふ〜ん…」
ヴァーレアはそう言いながら、現代のドゥローラ内部にいる有力者で、レボルタに不満を持ってそうな者達を何人か思い浮かべる。
仮にその全員が武装蜂起でも起こしてしまったとするならば、完全にドゥローラを滅ぼすことはできないにしても、無視できないほどの勢力にはなるはずだ。
しかも、今のドゥローラは、ソロモニアの保持していた悪魔という強力な後ろ盾を失っている。ヴァーレアの記憶が正しければ、現在のドゥローラ軍は悪魔の魔力を使うことを前提とした魔術師主体の軍であり、通常の軍隊をほとんど持っていなかったはずだ。
さらには、ソロモニア以外の研究者がドンドンと国外逃亡してるがゆえ、通常の軍の再建するにしても、かなり困難であろう。
ーーーそう思うと、ドゥローラの崩壊は、すでに序曲どころかサビへと突入し始めた印象すらある。
「…他人の褌で相撲をとるから、こうなるんだよね…」
ヴァーレアは静かに、しかし冷徹に、そう言わずにいられなかった。




